ルイスは彼女の隣に座り、自己紹介をした。
『黄金の魔術師』だということは伏せた。
そして、彼女について質問した。彼女はアイリスと名乗り、姓はわからないと言った。
歳は十七だと言った。
ルイスは内心びっくりした。
痩せこけて小さな外見と、幼げな言葉遣いから、十三〜十五歳くらいだと思っていたのだ。
「お姉ちゃんたちにいじめられてたの。
いつも、いつも、わたしのことを醜いって言って、汚いって言って、役立たずって言って、叩いたり、蹴ったりする」
ひどいことをする。
ルイスの胸が痛んだ。
アイリスが栄養失調気味で、精神的にも幼い印象を与えるのは、姉妹からの虐待のせいか。
「ママは優しかった。
ママは、お姉ちゃんたちを叱ってくれた。
けど、ママが死んでしまったの。
ママはたくさん働いて、疲れて、目が覚めなくなってしまった。
そうしたらお姉ちゃんたちが出て行けって、箒で叩いてきた。
わたしは怖くなって、逃げたの」
「……。
それはいつ頃の話だい?」
「わからない。
そんなに前じゃない。
ママが死んだのは、雨の日の朝だった。
すごく寒かった」
だとしたらこの冬だ。
雨天だったということは、ここ二週間以内の出来事だと思われる。
自分と会ったのが十日前だから、アイリスは約五日間、一人で過ごしていた計算だ。
「家を飛び出して、それからずっと森にいたの?」
アイリスは首を振った。
「違う」
「じゃあどこに?」
「違う、知らない」
アイリスの声が震え出した。
ルイスは彼女をそっと覗き込む。
「僕と会うまで、どうやって暮らしていたの?」
「知らない!」
アイリスは癇癪を起こした。
ベッドに突っ伏し、背中を丸めてルイスを拒絶する。
迷ったのち、ルイスは彼女の白い髪を撫でた。
痩せた肩がびくりと震えた。
ルイスが与えたワンピースは、深緑色をしている。
「……触られるのは、嫌い」
掠れた声で訴える。
けれどアイリスは、ルイスの手を払おうとしなかった。
「ひとつだけ教えて、アイリス」
「…………」
「この髪が白くなったのは、家を飛び出した後?」
しばらくの沈黙ののち、アイリスは小さくうなずいた。
であれば、家を飛び出してからルイスに会うまでの空白の時間に、アイリスは甚大な辛苦を受けて『嘆きの魔女』に変貌したと考えられる。
その辛苦とは、いったいなんだったのか。
聞き出すには、アイリスからの信頼をもっと得なければならない。
無理に聞き出すことを、ルイスはしたくなかった。
(カストル兄さんに報告するのは、それがわかったあとにしよう)
ルイスはアイリスの隣に寝転んだ。アイリスの背中がビクつくのがわかった。
十七歳の少女にしては華奢すぎる体が悲しかった。
白い髪を撫で、ひと房手に取る。
まっすぐ伸びた、細い髪だ。
「……アイリス」
返事は返ってこない。
「体が元気になっても、この小屋から外に出てはだめだよ」
「……。どうして?」
「きみにとって、外は危険なんだ。
出るときは僕が一緒のときでないといけないよ」
「ルイスがいるとき?」
アイリスの声で初めて名を呼ばれた。
ルイスの胸が打ち震える。
「そうだよ、アイリス。僕がきみを外に連れて行く。
だからアイリスは、僕から決して離れないように約束してくれ」
手に取ったひと房に、ルイスはそっと口づけた。
それに気づかないアイリスは、小さくうなずいた。
胸が熱くざわめいて、彼女の細い体を抱きしめたい衝動にかられた。
ルイスはその衝動を抑え込んだ。
この日から三日目の晩――つまり今夜、アイリスは国王をヒキガエルに変身させた。
ルイスとの約束を破り、一人で湖畔を訪れ、亡き母を恋しく思い泣いていたのだと、アイリスは言う。
「小屋にずっといるとつまらないし、今日はルイスが来るのがいつもより遅かったし……」
ルイスの腕の中で、アイリスは不安げに言い訳を繰り返している。
雷玉の金色の光に、エメラルドのような左目が光っている。
「そうだね、アイリスの気持ちはわかるよ。
でもこれからは気をつけて」
アイリスは、非難めいたまなざしをルイスに送ってきた。
「ルイス、怒ってる」
「怒ってないよ」
彼女の片頬をてのひらで包みながら、ルイスは言った。
本当は、狩小屋にアイリスの姿がないと気づいた時点で、ルイスは心配で頭がおかしくなりそうな状態に陥っていた。
森に展開している結界では、『嘆きの魔女』の気配を捉えることができないのだ。
森の中を探し回って――そうしていたら、城塞に強大な気配が突如生じたのを察知した。
アイリスかもしれないと思い慌てて帰った。
その気配が国王のもので、森の魔女が国王をヒキガエルにしたと聞き、ルイスは血の気が引いた。
アイリスは、やっと聞き取れるかどうかというほどの声で、謝罪を口にする。
「約束を破ってごめんなさい、ルイス」
「アイリスが無事だったなら、それでいいんだ」
頬に添えた手の親指で、薄いくちびるを辿る。
荒れた肌触りだが、出会ったときよりも血色が良くなってきている。
変身魔術は、対象の力を奪うという点から攻撃魔術に類される。
よって、アイリスは国王を攻撃してしまったことになる。
国王アレス・ヴィネアは彼女を保護すると発言したが、王族への傷害罪は極刑だ。
アイリスが殺されてしまったらと思うと、ルイスは胸が張り裂けんばかりだ。
動揺のあまり、先ほどはアレスや兄たちの前で不自然な態度を示してしまった。
今後は気をつけなければならない。