16 花嫁の望みでもあるのです

 まっすぐに見つめられて問われた言葉に、心臓が痛いくらいに高鳴って、フランセットは言葉を失ってしまう。
 するとメルヴィンは、少しの沈黙のあと、一度だけ目を伏せた。それからフランセットと視線を合わせて、微笑んだ。

「ごめん、フランセット」

 温かいてのひらで、片頬を包まれる。

「ごめんね。あなたが好きだよ」

 まぶたに、頬に、鼻先に、優しいキスが降る。フランセットの足の間から彼の膝が抜かれ、腰に回った手が、彼女ををたてに抱き上げた。

 腰の辺りでわだかまるネグリジェ、その裾が、フランセットのくるぶしのあたりで揺れる。

「メルヴィン、殿下……」

 フランセットのやわらかな巻き毛が、少し下にあるメルヴィンの頬に掛かる。それを彼のてのひらがかき上げるようにして後ろ頭に回り、優しく押し下げられた。そのまま唇と唇が重なる。その感触が、ただ甘い。

 体の中が、ゆるゆるとほどけていく。何度も触れ合う薄い皮膚が、とろけるように気持ちよかった。

「メルヴィン殿下……わたし、殿下が好きです」

 口付けの合間に、意識せずとも想いが零れた。それをまた、熱いキスで受け止められる。

「好き、です。殿下が、好き」

 抱きしめられる腕に、力がこもる。口付けが深くなり、互いの吐息が絡み合って、それからメルヴィンの双眸が濡れたように光っていた。

「フランセット……」

 こんなふうに優しく、甘く、名を呼ばれた経験なんて、一度もなかった。

「フランセット」

 メルヴィンの双眸が、熱に揺れているようだった。笑みの形をした唇がまたフランセットに触れたあと、同じ温度で、彼は言った。

「あなたが欲しい」

 はだけられた素肌を直接撫でられるような声に、フランセットの胸がきゅっと痛む。

「フランセットを抱きたい」

 メルヴィンのてのひらは熱を帯びていた。それがフランセットの頬を包んで、喉を通り過ぎ鎖骨までを撫で下ろす。その感触に、フランセットの体の芯が震えた。

 想いを伝えると決めた時から、フランセットはその覚悟も決めていた。

「大切にするよ。なによりも、優しくする。けれど、あなたが怖いというのなら」

 メルヴィンは優しく微笑む。

「まだ怖いというのなら、無理強いはしない」

 つい先ほどまで、彼の激しい感情は剥き出しにされていた。けれどこの数瞬で、メルヴィンはそれをかき消したようだった。
 綺麗に消したのか、それとも体の内に押し隠しただけなのか。フランセットはそれを知る術を持たない。

「かわいいフランセット。僕は、あなたを怖がらせたくはないんだ」

 メルヴィンの漆黒の双眸は、綺麗に澄んでいる。

 アルコールによる意識の揺らぎも、フランセットへの飢えにも似た感情も、超大国の王太子である彼ならば、ほんの少しの努力で飼い慣らせるものなのかもしれない。フランセットはそう思った。

(でもわたしは、もう決めていたから)

 この人が、好き。この人の妻になりたい。本当の意味で。
 メルヴィンと、ずっと一緒に生きていきたい。

「メルヴィン様」

 想いを込めて、フランセットは呼んだ。
 彼の、疵ひとつない綺麗な頬を、指で辿る。

「フランセットを、今夜、メルヴィン様の妃にしてください。メルヴィン様だけの妃に」

 なりたい。
 最後の想いはメルヴィンの手によって引き寄せられて、唇で覆われた。

 蜜蝋の光が揺れている。
 広くやわらかなベッドに横たえられて、フランセットの髪が、シーツの上に広がった。

「綺麗だよ」

 てのひらでフランセットの頬を撫でる。メルヴィンはフランセットの横に片手をついて、上から彼女を見下ろしている。そんなメルヴィンこそが綺麗だと、フランセットは思う。

 彼の漆黒の双眸と、同じく黒いサラサラした髪。オレンジ色の光によって陰影が差す、繊細な面差し。
 それがふと、甘く笑んだ。

「ある程度までなら、途中でやめられる」

 頬を辿っていたてのひらが滑り、喉を伝い降りた。ぴくんと震えるフランセットの、ふっくらと弧を描く胸を包み込む。

「あ……」

「怖かったり、痛かったりしたら言って。痛い思いをさせるつもりはないけれど、でもやっぱり初めては痛むかな」

 ゆっくりと、彼の指がふくらみに沈んでいく。自分の胸が彼の指によっていやらしく形を変えるのを、フランセットは頬を赤く染めながら見ていた。

 やわらかく揉まれる度に、体の奥へとろとろとした熱が折り重なっていくようだった。
 その熱に耐えるため、フランセットは唇を噛む。けれど彼の指が薄赤い先端に掛かり、円を描くように撫でられると、お腹の奥の方まで熱がピンと張るようで、フランセットは枕の端をつかんだ。

「……っん、ぅ」

 側面を撫で上げられたり、乳房に押し込まれたりされると、下腹部のあたりがひどく疼く。熟れた熱とともに、唇から喘ぎが漏れそうになって、フランセットは指が白くなるほど枕の端を握り込んだ。

「……フランセット」

 その手を取られて、宥めるように指と指が絡められる。いつのまにかぎゅっと閉じていた目を開けて、フランセットはメルヴィンを見上げた。

 目が合うと、彼は優しく微笑んだ。けれど胸を弄る彼の手は止まらないから、フランセットはひくんと喉を喘がせた。

「っあ、ん……」

「閨の知識は?」

 問われて、フランセットはかろうじて頷く。

「あり、ます。侍女から。ひと通り」

「それだけ?」

「あとは、友人から。既婚の……。最初は、とても痛むけれど……その」

「うん」

 恥ずかしさに頬を染めながら、フランセットはぽつりと言った。

「慣れると、とても気持ちいい、と」

「いいご友人だ」

 メルヴィンはくすくす笑いながら、絡めた指を持ち上げてキスを落とした。

「こうも教わらなかった? 緊張せずリラックスしていた方が、もっと気持ちいいって」

 指に沿って、彼の赤い舌が這う。その隠微な光景と、熱くぬるついた感触に、フランセットはぞくりとした。

「とは言うものの、僕も――」

 フランセットの指先にキスをして、メルヴィンは彼女の上に乗り上げるように、手をシーツの上に戻す。

「フランセットの肌に触れて冷静でいられるかと言えば、そうでもないけれど」

「っあ……!」

 形のいい乳房を、先端を押しつぶすように撫で上げられた。てのひらが過ぎたあとも、赤く熟れたようなそこはすぐに上を向く。それを恥ずかしいと思うまもなく、胸の根元をつかまれて、優しく揺すられた。先端を指の先で掻くようにされて、熱い疼きが駆け下りる。

「っア、ん……!」

 反対の胸にも彼の別の手が覆い被さり、形を変えられた。メルヴィンの顔が下がっていき、彼のサラサラした髪が肌に触れる。ぴくんと肩が跳ねると同時に、まだやわらかい先端を口の中に含まれた。

 ねっとりと熱く巻きつかれ、軽く吸い上げられて、その甘い刺激にフランセットは耐えきれない。

「や、ァ、ああ……! メルヴィン、さま……っ」

 胸をつかむ両手に、フランセットは指を掛ける。痺れるようになっている指先には、うまく力が入らない。