休憩のフリをしながら、貴族たちの人間関係を観察していると、ふいにとある貴公子の姿が目にとまった。
メルヴィンと同じ漆黒の髪を、片耳の下でゆるくまとめている。男らしく引き締まった長身。上質なダークグレイのタキシードをサラリと着こなし、目鼻立ちの整った面差しに、優美な笑みを浮かべていた。
そして彼のかたわらには、勝ち誇ったような表情をたたえた令嬢がいる、彼女が彼に優しくエスコートされるさまを周囲の年若い女性たちは、嫉妬と羨望の目で見ていた。
貴公子の名は、エスター=ウィールライト。当代きっての色男の名をほしいままにする、十八歳の第二王子である。
ところでフランセットは、エスターの義姉として、ため息を禁じえない。
(エスター殿下ったら、また違う女性を連れているわ)
どうせ今回も、長く続かない。もって三か月がせいぜいだろう。
と、メルヴィンがこちらに戻ってきた。隣に腰を下ろして、
「フランセット、疲れてる? ああ、大丈夫そうだね」
メルヴィンは、フランセットの髪にさらりと触れながら、顔を覗き込んできた。彼の、彫刻のように整っている顔立ちが間近にあって、フランセットは思わず腰を引く。結婚して何か月か経ったが、まだ慣れない。
フランセットは動揺をごまかしつつ、口を開いた。
「ところで殿下。エスター殿下の女グセの悪さ、なんとかならないのでしょうか」
メルヴィンの目が、ホールの中央を向く。そこには、新恋人と踊る麗しき第二王子の姿があった。
「ああ、また恋人を変えたのかな。あの子は来るもの拒まずだから。自分から口説きにいくことはないみたいなんだけどね」
「それにしたってコロコロ変わり過ぎです。一方でアレン殿下は、こういう場に全然お出にならないし」
「そうだね、アレンにも困ったものだ。まだエスターの方が、王族らしいかな」
フランセットは衝撃を受けた。女っけのまったくないアレンより、恋人を次々変えるエスターの方が、より王子らしいと?!
(まさか、もしかして、ウィールライト王家では、エスター殿下のような振る舞いが王子として正解ということなの?)
フランセットは、王都に入ってまだ半年と経っていない。だから、ウィールライト王家について知らなかったことが、もしかしたら他にあるかもしれない。
(メルヴィン殿下の貞操観念は、どうやら高そうだけど……)
女っけのないアレンより、恋人の入れ替わりの激しいエスターの方が王族らしいということは、英雄色を好むといったような心意気が奨励されている可能性が十分ある。だからこそ、彼らの父王の不倫劇が起こったのだ。この不貞問題は、父の女グセの悪さもさることながら、王族の風土にも根ざしている可能性が高くなる。
フランセットは、目を血走らせてブツブツと思索に耽っていたので、メルヴィンの次の言葉を完全に聞き逃した。
「社交の場がどんなに苦手でも、王家の人間なんだから出なくちゃだめだよね。エスターはそのあたりをわきまえていて、こういう場にきちんと顔を出すから偉いと思うよ。女性関係については個人的なことだから、なんとも言えないけれど」
「……まさか……でも……メルヴィン殿下は……でも……その考えに染まったら……」
「あ、エンフィールド剣士団長がいる。彼に話があるから行ってくるね。そうだフランセット、疲れた演技をさせてしまってごめんね。間が持てないならエスターを来させようか?」
「えっ? エスター殿下がなんですって?」
「エスターとなら踊っても大丈夫だよ。それじゃあまたあとで」
メルヴィンは、去り際に頬にキスを落としていった。フランセットは片手で頬を撫でながら、やっと我に返る。それから、難しい表情で考えこんだ。
(王族だけでなく民間にも爛れた文化が蔓延しているなら、すぐにでも是正すべきだわ。まずはどの程度この文化が浸透しているのか極秘に調査を進めて、男女偏りなく意見を集めてレポートを作成し、それをもとに殿下へ奏上して対策会議を)
「どうしたんだいフランセット。とても怖い顔になっているよ?」
ふいに、面白がるような声が降ってきた。顔を上げると、第二王子エスターが立っている。目が合うと、彼は、メルヴィンによく似た面差しをやわらげた。
ひとつにまとめた漆黒の髪が、タキシードの肩をさらりとすべる。エスターは、白い手袋に包まれた右手を差し出しながら、極上の笑みを浮かべた。
「次の曲で、俺と踊って頂けませんか王太子妃殿下?」
きっとメルヴィンに言われて、来てくれたのだろう。新恋人は友人らとお喋りでもしているのだろうか。
フランセットは微笑みを返して、彼の手に自身のそれを預けた。
「喜んで」
エスターは多分、根っこは優しい青年なのだ。
けれど女グセがたいそう悪い。
(しかもこの子、かなり意地悪なのよね。優雅すぎる物腰からは想像できないけれど)
意地悪というか、皮肉屋というか。
どちらにしろ、ウィールライト王家の病巣を探るには、彼の様子を観察することが必要不可欠だろう。フランセットは細心の注意を払って質問を仕掛けることにした。(ついさっきまで忘れていたけれど、)可愛げのなさをどうすべきかという恥ずかしい議題を抱えていることを、決して悟られてはならない相手なのである。