09 弟王子たちと同盟を組もう!(アレン編)

「腹が立って、それで……彼らの顔面に火花をお見舞いしそうになって、とっさにがまんして、空に花火を打ち上げた」

「そ、れは、ご立派、だと……、っん、だめ、中、こすらないで……っ」

「僕はあなたにも腹が立ったんだよ。けれど、困ったことに、あなたに腹を立てると、どうやら僕は」

 フランセットの中にある、感じる部分を、固い切っ先でごりごりとこすり上げられる。同時に媚肉の上部にある快楽の粒を、指でぬるぬると転がされた。

「っ、あ、だめ、一緒にしたら、だめです……っ」

「ねえ、っ、聞いて。大事な話だから、フランセット」

 情欲を耐えているような表情で、熱い呼吸を繰り返しながら、メルヴィンはフランセットのあごをつかんで目を合わせてくる。
 切ないようでいて、真剣な表情で、メルヴィンは掠れる声で言った。

「僕はあなたに腹を立てると、どうやらひどく、欲情してしまうらしいんだ」

「……」

 フランセットはこの時、性行為の真っ最中だということを忘れる勢いで言葉を失った。
 メルヴィンは再び腰を動かし始めながら、愛しげにフランセットの頬を撫でる。

「僕をここまで怒らせるあなたが、とてつもなく可愛く感じてきて……」

「で、殿下、それは、ヘンタイです」

「腹が立つな、可愛いな、ヤりたいなっていうのが、三点セットで僕を襲うんだよ」

「ヘンタイです」

 ぐっと奥まで押し込まれて、フランセットは息を呑んだ。ぱんぱんに膨れ上がった粒を、二本の指で摘ままれて軽く引っ張られる。

「っ、待っ……! ひ、あ………ッ」

「そのヘンタイの下で気持ちよさそうによがってるのは誰かな?」

「ちが……っ、ん!」

 強引にくちびるを奪われた。淫らに舌を絡めとられ、吸い上げられる。ぐちゃぐちゃとした水音が、上からも下からも零れ落ちて、フランセットの肌を汚していった。

「ぅん……っ、ンン……!」

「さすが、に、正餐室で抱くわけにはいかなかったから……人目もあったし。だから僕の行き場のない衝動は、あのあと個室の排水口に、吸い込まれて、」

「だっ、から、そういうことを、色気たっぷりの顔と声で、言わないで、ください……っ」

 キスから解放されたから、フランセットはそう非難する。するとメルヴィンは、自身の唇を舐めて、笑った。

「僕に食い込んでくるくらい、気持ちいいくせに」

「ッ、きゃああっ」

 子宮の底をきつく抉られた。膨れ上がった尖りを擦りつぶされる。ひと息に高みへ押し上げられたフランセットは、その直後、乳房を根元から絞り上げるようにつかまれた。つんと立ち上がった乳首を、くちびるに含まれて、吸い上げられる。

 絶頂のさなか、うねるような愉悦を流し込まれて、フランセットの体が、ソファの上でびくんびくんと跳ねた。

「あ、ッ、ああぁあ!」

 フランセットの中がきつく締まり、メルヴィンを絞り上げる。彼は眉を寄せて息を詰め、それから最後に一度、強く最奥を穿った。

 膨れ上がった男の欲望が弾け、どくどくとフランセットの中を満たしていく。吐ききったのち、今度こそ己自身を全部抜き出して、メルヴィンは深く息をついた。フランセットの上に覆いかぶさるように抱きしめて、まぶたを閉ざす。

「……ねえ、フランセット」

 耳もとに落ちた、掠れた囁きに、フランセットはうっすらと目を開けた。

「はい、殿下……」

「あなたのことが好きすぎてどうしようもないんだけど、どうすればいい?」

「……」

 メルヴィンの、途方に暮れたような声は確かに可愛かった。
 けれどフランセットは、きっぱりと答えた。

「三度目はナシです」

「……。了解」

 やはり世の中、可愛いだけでは許されないこともあるのだ。

(それにしても、可愛げというものは奥深いものね……)

 翌日のことである。
 フランセットは王太子宮の図書室にいた。古い本特有の、懐かしいようなにおいが漂う空間を、午前中の明るい日差しが満たしている。フランセットは難しい顔つきで、本棚に敷き詰められた背表紙たちとにらめっこをしていた。

「参考になる本があるかと思ったけど、ないみたいだわ」

 いっそのこと、ロマンス小説でも読んだ方がいいのかもしれない。フランセットはため息をついた。

 今朝、ベッドの上で目が覚めた時、すでにメルヴィンは着替えていた。今日はまたしても剣士団長と会談があるらしく、王太子専用の軍服姿だった。

『昨夜のことを蒸し返すようで悪いけど、仲の悪い子息たちを招待することを、どうして事前に相談してくれなかったの? 相談してくれたら、僕もあの時席を立たなかったし、事前にもっといい作戦を立てられたかもしれないのに』

 苦笑を含めながら、メルヴィンはそう注意してきた。

『一人で解決しようと努力するのは素敵なことだよ。でも僕はあなたの夫なんだから、もう少し頼って』

 頼る。
 その言葉に、フランセットは深く納得したものだ。

(そうなのよね。わたしは一人で完璧にやってしまおうとするから、鬼上官風の決死的な雰囲気になってしまうのだわ)

 そのあたりを、もっと、こう、いい感じにやわらげたい。アレットに相談したかったが、彼女はすでに王都を発ってしまった。第二の相談相手であるエスターも、今日は新恋人とよろしくやっているらしいという情報を入手済みだ。

 フランセットは本棚の前で腕組みをした。今日はオレンジ色の爽やかなドレスを着ている。乙女ドレスもそこそこ板についてきたのではないだろうか。

「うーん……。本屋を呼んで、ロマンス小説を何冊か買おうかしら」

「おはようフランセット! メルヴィンどこにいるか知らない?」

 突然の声に、フランセットは飛び上がった。直前まで気配を感じさせず、唐突に声を掛けてきた張本人は、ウィールライト王国の第三王子アレンである。

「び、びっくりした」

「そう? ごめんごめん、メルヴィン探しててさ」

「王太子殿下なら剣士団長と会談中です」

「パスカルと? ああ、例の件かな。ならいいや。勝手に出かけてくる」

「どちらへ? というかアレン殿下、ものすごくラフな装いですね」

 フランセットは眉を寄せて、アレンの姿を眺めた。一国の王子にあるまじき身なりである。
 コートを羽織らず、ベストも着ず、洗いざらし風のシャツ一枚である。かろうじてクラヴァットを締めているが、シワになっていて結び方も適当だ。長ズボンに革のブーツを履いているが、どちらも明らかに手入れされていない。

 まるで庶民のようないでたちである。それを、この若い第三王子はごく自然に着こなしていた。さらに、イケメンぶりも損なわれていないのである。

「その格好は、いかがなものかと。いや、おかしいくらい似合っていますけれど」

「いろいろと事情があってね。というかあんたの夫に命令されたから、この格好にならざるをえないんだよ」

「まさか、またスパイ行為ですか?」

 フランセットは眉間のシワを深くした。

「以前から思っていたのですが、嫌なことは嫌だとはっきり断った方がいいですよ。わたしのほうからもメルヴィン殿下に進言しますから」

「あーいいのいいの。俺、外で動く方が気楽だから。それとフランセット。いい加減その堅苦しい言葉使いやめてよ。名前も呼び捨てでいいからさ。俺、あんたより年下だし。義理とはいえ、弟の立場だし」

 そう言われてみればそうだ。超大国の王子様ということで、つい構えてしまっていた。フランセットはセキ払いをする。

「では、お言葉に甘えて。――今回はその格好で、どこへ潜入調査するの?」

「いや、そんなに大したものじゃないよ。今回は城下に出て庶民の様子を見てくるっていう、簡単なやつ。定期的に行くんだよ。宮の中にいたんじゃ、肌感が伝わらないからさ」

「なるほど。確かに王族の視察でいろいろ回っても、お膳立てされた部分しか見えないものね」

「そ。ラクだし楽しいし、俺はこの仕事、結構好き。ところでフランセットは、図書室で難しい顔して、なにしてたの?」

 フランセットは、アレンに相談するかどうか迷った。以前エスターにも聞いてみて、見識が広がったことを思いだし、アレンにも話をしてみようと決意する。

「笑わないで聞いてくれる?」

「うん」

「わたし、友人に『可愛げがない』って言われたから、どうにかしてそれを身に付けようと思っているの」

「あっはっは!」

 アレンは腹を抱えて笑った。エスターの方は笑いをこらえていただけ大人だったと、フランセットは再認識する。

「へえ、そうなんだ! いいんじゃない? そのドレス、いつもより可愛いけど可愛げを意識してってこと?」

 改めて指摘されると、恥ずかしくていたたまれなくなる。

「ま、まあ、そういうことになるわね……」

「ふうん。メルヴィンも、大好きなお嫁さんにここまでしてもらって、男冥利に尽きるよなぁ」

「そ、そういうアレン殿下……アレンこそ、想い人はいないの? 王族なんだから、いつかは身を固めないといけないでしょう?」

「俺は、まあ……あんまり。今はキョーミない」

「女性嫌いだったりするの? アレンは今何歳だった?」

「十七だよ」

 若さがまぶしい。フランセットは思わず後ずさりしそうになった。

「俺は女性が嫌いなわけじゃないんだ。普通に好きだけど、なんていうか、おとなしい女の子や、おしとやかな子が苦手なんだよね」

「どうして?」

「好きになりすぎると、うっかり壊してしまいそうで」

「……………」

 さすがメルヴィンの弟である。血は争えない。断じて争えない。

「だから俺は、剣を振り回すくらいの元気な子が好み」

「そ、そう……。それはマイナーすぎて、貴族のご令嬢の中では見つからないかもしれないわね。でもいい選択だと思うわ、お互いのためにも!」

「うん。だからご令嬢たちよりも、城下に住んでる庶民の女性たちの方が魅力的に映るかな。綺麗なドレスや煌びやかな宝石なんて身につけていないけど、みんなキラキラしてて可愛いよ」

 アレンは優しげに笑う。臆面なくこういう甘ったるい発言ができるのは、やはりウィールライト王族の血か。
 フランセットは末恐ろしいものを感じながらも、ふとあることに気が付いた。

「そういえばわたし、ウィールライトへ嫁いでから一度も民と交わったことがないわ」

「結婚パレードしたでしょ」

「そういうのじゃなくて、普通に市場に出て買い物したり、馬に乗って公園を散歩したり」

「ああ、ロジェ王族はそういうこと平気でするもんね。民との距離が近いっていうか」

「さすがスパイ、詳しいわね」

 フランセットはあごに手を掛けつつ考えた。

 王太子妃として、民の生活を見てみたいという思いは前からあった。お膳立てされたものではなく、生の様子を見てみたい。それに、最近の悩みである女の可愛げに関しても、アレンの言うように、庶民の女性の方が家格にとらわれない分、素直で愛らしいところがあるかもしれない。

 二重の意味で勉強になる。フランセットが目を輝かせながらアレンを見上げると、義弟は不穏な目つきをしていた。

「絶対ヤダよ」