13 この義姉、俺の言うことをまったく聞かないんだが。

 道すがら、聞き出した話である。
 メシがマズイ、らしい。

「そんなに不味いの?」

「不味いですね」

「不味いです」

「この世のものとは思えないほど」

 最後の例えは、クリストフの言である。
 剣士団寮のごはんが不味い。すこぶる不味い。食えたものではない。
 だから、食事の改善をしてほしい。
 それが、剣士らの掲げる要求だということだ。

「そんなことで?!」

 仰々しい鉄柵に囲まれた寮の前で、フランセットは言った。

「ごはんが不味い、それだけで、王太子殿下に何度も謁見したり、果ては立てこもり事件まで起こすわけ?!」

「いくら妃殿下のお言葉とはいえ、聞き捨てなりませんな!」

「我らのような体を酷使しまくる職についている男たちにとって、日々の食事がどれほどのオアシスか、ご想像できますか?!」

 いきりたつ剣士たちに、フランセットはのけぞった。

「そ、そう。ごめんなさい。あなたたちにとっては大切なことなのね」

 寮の周りには、すでに民たちが人垣をなしていた。剣士団寮のメシが不味いということは有名だったようで、皆興味津々といった様子で成り行きを見守っているようだ。
 フランセットたちは、民たちの一歩前で、鉄の門を見上げた。その奥では、屈強な体躯の剣士数人が、こちらに睨みを利かせている。

 フランセットはそれらに目を配りつつ、

「それで、厨房のおばちゃんたちを人質に取って立てこもっているわけね……。剣士団長は、ご飯の改善についてメルヴィン殿下に何度も掛けあっているの? それくらいのことなら、殿下はすぐに聞き入れてくれそうだけれど」

「実はそこが問題なのです、姫様」

 クリストフは長い溜息をついた。

「剣士団長は、実は酷い味覚オンチなのです。寮の不味い料理は、剣士団長の味覚に合わせて作られたものなので、団長は献立を絶対に変えたくないようなのです。だから恐らく、団長は王太子殿下にこうお伝えしているはずです。『剣士たちから料理改善の要望がきていると思うが、今のままで全く問題ないのでこのままにしておいてほしい』」

「そ、そういうことなの」

 食事を巡って、剣士たちと団長が対立している構図らしい。メルヴィンにとっては、どちらの意見を入れても角がたつという、面倒な案件だろう。面倒かつ、非常にどうでもいい……いや、力仕事をする人々にとって、日々の食事は最重要案件である。これは非常に根深い問題だ。

 アレンが言う。

「でももうすぐ裁可が降りるはずだよ。食事は改善される。腕のいいシェフと契約を交わしたから、間もなく派遣されるって聞いてる」

 クリストフは、怪訝な目でアレンを見た。

「なぜそんなことをおまえが知っている」

「だからあんたは注意力散漫だって言ったんだよ。俺、クリストフと初対面じゃないよ」

「え?」

 クリストフが目を見開いた。アレンは構わず、寮に目を向ける。

「どんな理由があるにせよ、人質とって立てこもるのは最悪だ。俺がいってシメてくる」

「だめよアレン、危ないわ。いくらあなたが手練れだといっても、相手は海千山千の剣士団なのよ」

「でもさ、フランセット。もともと剣士団は俺の管轄なんだ。けど俺が交渉事が苦手だから、兄貴に丸投げしちゃったんだよ。メルヴィンは毎日忙しいのに……。それがこの結果だから、俺がなんとかしないと」

 アレンは後悔するように眉を寄せている。フランセットはしばらく沈黙した後、アレンの肩に手を置いた。

「大丈夫よ、アレン。弟をフォローするのも、夫不在時に代わりを務めるのも、お安い御用だわ。わたしが王太子殿下の名代として交渉する。寮内へは、わたしが行くわ」

 慌てた様子を見せたのはクリストフだ。

「いけませんフランセット様、危険すぎます。ここは剣士団長の到着を待ちましょう。人をやったので、まもなく来るはずです」

「団長が来るまで指をくわえて眺めているわけにはいかないわ。民がたくさん集まってきているのですもの。この危機に際して、国家権力がどう動くか、彼らはきちんと見ているわよ」

 クリストフは言葉に詰まる。アレンが真剣な面持ちで言った。

「王太子妃が名代として立つのは悪い案じゃない。でもさすがに危ないから俺が行くよ」

「女性のわたしが行った方が、彼らも剣を収めると思うの。剣士団を信頼している、というアピールにもなるわ」

「そうかもしれないけど……ああもう、いちいち正論だなフランセットは! 兄貴の気苦労が分かるよ。とにかく、剣士は紳士なヤツらばかりじゃない。俺が出向いて――フランセット!」

 止めようとするアレンに、フランセットは麦わら帽子を放る。三つ編みをほどいて、長い髪を降ろした。
 艶めいたプラチナブロンドが、風になびく。
 初夏の晴天の下で、フランセットの凛とした容貌が晒される。やわらかさと強さを内包した美しさは、周囲の騒がしさを静めるのに十分だった。

「わたしはフランセット=ウィールライト。メルヴィン王太子殿下の妻です」

 フランセットは、澄んだ青色のまなざしを剣士たちにそそぐ。
 彼らは動揺したように、フランセットを凝視した。