フランセットは頭を下げた。
「はしたない真似をしてしまって、申し訳ございませんでした」
「いや、気にしなくていい」
笑み混じりに言ったのはロッドである。
「出る機会を逃してしまったのだろう? きみの家を、みっともない親子ゲンカの舞台にしてしまった。こちらこそ、申し訳なかったね」
ロッドは、とり立てて騒ぐことでもないというように言う。フランセットが言葉を返すより先に、アレンが吐き捨てるように言った。
「自覚があるならさっさと帰れよ。これから俺たちは昼メシの予定なんだよ」
「国王陛下。今日は王子殿下たちといっしょに昼食をとる予定なのです。よろしければご一緒なされませんか?」
「フランセット!」
アレンが非難の声を上げる。ロッドは、軽く息をついて言った。
「どうもありがとう、フランセット。しかし私はこれから用があるから失礼するよ」
「そうなのですか。ではまた次の機会にお招きさせていただきますね」
ロッドはうなずいてから、フランセットの腕の中にいるロロに視線を落とした。
「こちらの彼、もしくは彼女は、きみのご友人かな?」
「ええ、怪我をしてうずくまっていたところを拾ったのです。レイス殿下が手当てをしてくださいました。性別はオスだということです」
「レイスか。あれは昔から動物や植物が好きな子だったな」
ロッドの声音が温かみを含む。アレンに対する姿勢もそうだが、彼は自身の息子たちをとても愛しているようだ。
(アレンの態度に陛下が傷ついていないわけはないわよね)
深入りの許される問題ではないと知りつつも、なんとか関係を修復できないかとフランセットは胸を痛めた。
「しかし、よく懐いているな。これはロロットだろう? 警戒心の強い動物だ。本来なら人に大人しく抱かれることなどないはずだが」
感心したように言いながら、ロッドはロロに手を伸ばした。するとロロは「キーっ!」と歯をむき出しにする。
フランセットは慌ててロロをなだめた。ロッドは手を引っこめる。
「普通はこういう反応だよ。動物好きのレイスにも、ロロットは警戒して唸り声を上げることもある。きみはどういう魔法を使ったんだい、フランセット?」
「ええと、魔法というかなんというか。手を噛まれつつなでなでして安心させたというか」
あのときは必死で、とにかく怖がらせてはいけないということばかりを考えてした行動だった。しかし、いま振り返ってみればかなり危険な行為をしたものだ。メルヴィンに叱られるのも当然である。
自分で自分を、もっとも質(たち)が悪いと感じるのは、「感染症の危険性も噛み傷も、メルヴィンさまに治してもらえば大丈夫」と頭の隅で計算していたところだ。感染症は、重篤な症状になる手前であればメルヴィンの治癒魔法がきくのである。
(そんな甘えた考え方はいけないと思うのだけど、ロロはたくさん出血していたのだもの。結果的にはあれが最善だったのよ)
アレンは柱にもたれて顔を背けていたのだが、呆れたようにフランセットに視線を移してきた。
「その話は俺もレイスから聞いたけどさ。メルヴィンに同情したよ」
「ロロを放っておけなかったのよ」
「気持ちはわかるし、いろいろ計算した上でのことなんだろうけど、兄貴をあんまり心配させないでよ。心労がかさんじゃうよ」
「心にとどめておくわ」
神妙な顔でフランセットはうなずいた。
アレンがロロをじっと見下ろして「めちゃくちゃ可愛い」とつぶやく。撫でようとして手を伸ばしたのだが、父親と同じ結果に終わった。
そこへ、新たな声が投げこまれてくる。
「このような場所で家族談話かい? 昼食が用意されたテラスがすぐそばにあるのだから、そちらで話せばいいと思うんだけど」
「エスター!」
振り返るフランセットに、エスターは笑いかけた。
「おはよう、フランセット。父上もおはようございます。こちらへ来られるのは珍しいですね」
見る者をうっとりさせるような、完璧な所作とほほ笑みでエスターは言う。彼はメルヴィンの弟であり、アレンの兄であり、そして国王の次男だ。黒い瞳と同色の髪、まるで彫像のようなラインの長身にはモーニングコートを纏っている。髪は鎖骨のあたりまで伸ばされ、耳の下あたりでひとつにくくっていた。
現れた息子に、ロッドは笑みを返す。
「この三男坊がいつまで経っても手紙の返事をよこさないのでな。直談判という手法をとると決めたわけだよ」
「なるほど。首尾はいかがでしたか?」
「おそらくはおまえの予想どおりだ」
「俺は父上の手紙の内容を存じ上げないので、予想の立てようがありませんよ」
エスターの言い方にフランセットは引っかかった。相手を突き放すような語調だったからだ。
彼は皮肉屋なので、意地悪な物言いをすることもある。でも、いまのような言い方をするような人ではなかったはずだ。
(エスターも国王陛下と仲が悪いのかしら……。表向きは、そうは見えないのだけど)
フランセットがまたしてもハラハラしていると、ロッドはあっさりと話題を打ち切った。
「まあいい、今日のところはあきらめるとしよう。邪魔をしたな、フランセット。楽しい昼食を過ごしてくれ」
フランセットはドレスをつまんで淑女の礼をとる。いつのまにか現れた従僕を従えて、ロッドは立ち去っていった。
三人と一匹だけになった渡り回廊に、アレンのため息が落ちる。
「はー……。疲れた……」
「ねえ、ちょっと、アレン」
フランセットは顔をしかめつつ、義弟に向き直る。