「わたしになにかを言う資格がないのは重々承知の上で、あえて言わせてもらうわ。陛下に対してあの態度はよくないわよ」
「ハイハイ、お説教はありがたくいただいておくよ」
アレンは手を振って適当に話を切り上げようとする。フランセットが重ねて言おうとすると、エスターが口を挟んできた。
「フランセットの言い分も一理あるぞ、アレン。父上の手紙の内容は、ささいな願い事だったんだろう? それくらい叶えて差し上げればいいじゃないか」
「このあとのメシがまずくなるような話題を、いつまで引っ張るつもりだよ」
「陛下の手紙の内容とはどんなことなの、エスター」
エスターは手紙の内容を知らないと先ほど言っていたが、やはり把握していたのだ。フランセットが尋ねると、エスターは言った。
「ひどく簡単なことだよ、フランセット。世の父親が全員望むことだ。愛しい女性と子どもたちとともに食卓を囲みたい、ただそれだけの願いが書かれていたんじゃないのか、アレン?」
「いまさら一家団欒を演じたところで寒々しいだけじゃないか」
いらいらした様子でアレンは言う。
フランセットは胸の痛みを覚えた。
(国王陛下がここまで足をお運びになって、アレンに会いに来た理由が、ただいっしょに食事をしたいという望みを伝えるだけだったなんて)
しかしその望みは叶えられなかった。それどころか、息子から手ひどい応対を受けたのだ。
(不倫をした代償と言ってしまえば、それまでだけど――)
エスターは軽く笑った。
「おまえとレイスの気持ちも大事だが、フィーリアさまのお心も慮(おもんばか)らなくてはならないぞ、アレン」
「うるさいな、わかってるよ」
「ところで、フランセット。|それ《・・》はどうしたんだい?」
突然水を向けられたが、こういう話題の切り替えには慣れている。フランセットは、腕の中のロロをみおろしながら答えた。
「この子はロロといって、怪我していたところを――」
「ああ、この子のことも気になるが、別のことだよ」
エスターは、優雅な仕草で右手を上げて、フランセットの頬に手袋越しにふれた。
「いつもより化粧が濃いね。目の下のクマを隠しているのかい? 昨夜はあまり眠れなかったようだね」
「えっ、あっ、ええと」
色香の漂うまなざしを注がれながら告げられて、フランセットは動揺した。となりでアレンがあきれたように言う。
「女性の化粧の濃さなんて、よく見分けつくよな」
「フランセットはもともとの肌が綺麗だから、いつも薄化粧なんだよ。だからとてもわかりやすい。夜眠れなかったということは、なにか悩み事でも?」
「悩み事は、その――結婚して一年経つのに」
思わずそこまで答えてしまってから、フランセットは口をつぐんだ。
世継ぎの――夫婦間のとくにデリケートな問題を、義弟たちに相談するわけにはいかない。その上いまは、彼らの父子(おやこ)の不和を目にしたばかりなのだ。
「一年経つのに?」
先を促してくるエスターを、フランセットはなんとかごまかすことにした。
「な、なかなか夜にぐっすり寝かせてもらえないということについて、悩んでいたの」
「うわ、そういう話題を弟の俺たちにする?」
アレンが引いている。自分でも、自分の発言にドン引きであるが、こういう話題に持っていけばすぐに話を打ち切れると踏んだのだ。
エスターは沈黙したが、やがて口の端に笑みを浮かべた。
「なるほどね。きみの気持ちもわかるよ」
「さ、さあ、正餐室に行きましょう。お腹が空いてしまったわ」
ドレスを翻すようにしてフランセットは回廊の先に足を向ける。しかし、二の腕をエスターにつかまれて動きが止まった。
「昼食の前に、ひとつ助言をさせてくれないか」
「エスター?」
「その悩みについて、不用意にメルヴィンに話さないほうがいい。話し合うなということではないよ。|不用意に《・・・・》話題に出すなということだ」
エスターの黒い瞳が真剣みを帯びていたので、フランセットは面食らった。次いで、彼がフランセットの本当の悩みを察していることに気づく。
フランセットからの返答を待たずに、エスターは腕から手を離した。アレンを促しつつテラスに向かい始める。
その後についていきながら、彼の助言を頭の中でフランセットはくり返した。