「そんなところにいらっしゃったんですか」
「ええ、そうよ。だから会話はぜんぶ聞かせてもらったわ。レイス、あなたはわたしの言動に許せないところがあって、だから体を小さくさせて懲らしめようと思ったのよね。それで合っているかしら?」
こうやって堂々と問いただせば、普通の人間は怯んで自己弁護を開始するものだ。
けれどウィールライトの兄弟王子はそういうタマではないことを、フランセット知っている。予想どおり、レイスはフランセットをまっすぐに見返してきた。
「はい、その見解で合っています。不自由な状況をフランセットさまに強いてしまったことについては、謝罪いたします」
「いい覚悟というか、いい度胸をしているようね」
「ええと、フランセット。とにもかくにも、まずはポケットから出ようか」
メルヴィンは、フランセットを指で包んで外に出した。困ったような顔で、てのひらの上のフランセットを見下ろす。
「できることならもう少し中にいてほしかったんだけど、でも、あなたにしてはよくここまで大人しくしていてくれたな、とも思うよ」
「兄弟の深刻な話し合いにしゃしゃり出るようなことはしたくないので、控えていました。けれど、話題の中心がわたしに関することになるなら話は別です。メルヴィンさま、わたしをテーブルの上に置いてもらえませんか。レイスと話をしたいのです」
「小さいあなたを僕の体から離したくないよ。心配なんだ」
眉を寄せながらそう言われて、フランセットは反論したくなるのを抑えた。
「わかりました、譲歩します」
「ありがとう、フランセット」
「と、いうことだからレイス。いますぐに中和薬を出してちょうだい。このままではまともに話もできないわ」
てのひらの上で立ったまま、フランセットはレイスに向き直る。しかしレイスは首を横に振った。
「すみません、無理です」
「小さくなって無力と化したわたしを前にしても、まだ気が収まらないというわけね」
「僕は中和薬のありかを知らないんです。母さんが知っているので、そちらに聞いてください」
「フィーリアさまにはさっきお聞きしたけれど、知らないとおっしゃっていたわよ」
「本当ですか」
レイスは眉をひそめた。フランセットはうなずく。
「嘘を言ってどうするの。むしろ、あなたのほうが嘘をついているのではないの?」
「僕がフランセットさまに薬を盛ったのは、身勝手なことを言うあなたが許せなかったからです。だから、無力な存在になって後悔していただきたいと思いました。中和剤を隠しておこうという気はありません」
「言いたいことをはっきり言うわりに、肝心なことは言わないのね」
フランセットはレイスを見つめた。
「わたしの言動のなにを見て、あなたはわたしに腹を立てたの? 身勝手なこととはなに? それを言ってくれないと、先に進まないわ」
「それはご自身でお気づきください」
「――さっきからあなたの話をずっと聞かせてもらっていたけれど、あなたは人を好きか嫌いかで判断して、それをもとに行動しているみたいね。それはやめたほうがいいわよ」
レイスは目を眇(すが)めた。
「ご助言どうもありがとうございます」
「好きか嫌いかなんて、人生においては瑣末(さまつ)なことだわ。時と場合と自分の機嫌によって、天気のように変わるもの。重視するべきなのは好き嫌いではなく、愛しいか憎いかよ。わたしには腹の立ついとこがいるのだけど、彼女のことははっきり言って気にくわないわ。けれど、愛してもいるのよ」
レイスは口をつぐんだ。賢い子だ。次にフランセットがなにを言うのか、わかったのだろう。
「レイスはお父上が嫌いだと言ったわね。わたしのことも気にくわないのでしょう? これから先もずっと、嫌いな相手に対して悪感情をぶつけながら生きていくつもりなの?」
「……僕は」
ひざの上でレイスは手を握りこんだ。
「僕は、そんな生き方は嫌です」
「それならいっしょに考えましょう。わたしもあなたにいろいろなことを教えてほしいと思っているのよ」
レイスは感情を押し殺すように沈黙した。やがてメルヴィンが口を開く気配がしたので、その前にフランセットは言った。
「今日はこれで帰ります。中和薬はいらないわ」
「え?」
愕然とレイスがこちらを見た。フランセットはほほ笑む。
「中和薬は|まだ《、、》いらないわ。お人形用の着替えも食器も、エスターが用意してくれたの。お願いすればドールハウスも持ってきてくれるわ。意外と不自由はしていないの。そうですよね、メルヴィンさま」
笑みを含ませた目でメルヴィンを見上げれば、彼は苦笑しつつ息をついた。フランセットの頭のてっぺんにキスを落とす。
「あなたを腕に抱きしめられない僕は、不自由さを充分に感じているけれどね」
「中和薬はレイスのほうから王太子宮まで届けに来て。そのときはまた、ロロもいっしょにテラスでお茶をしましょう」
ソファの上でレイスはまだ固まっている。メルヴィンは、フランセットをてのひらに乗せたまま立ち上がった。
「それじゃあ僕らはおいとまするよ。フィーリアさまによろしくとお伝えしておいて」
「兄上。僕は、中和薬がどこにあるのかを本当に知らないんです」
我に返ったようにレイスは立ち上がった。メルヴィンは、おだやかな口調で言う。
「それはさっき聞いたよ。僕としては、妻が小さいままでは心配で仕方がないのだけれど、フランセットは自分で決めたことはよほどのことがない限り曲げない人だからね。そしてそれ以上に、優しい女性だ」
「……どうやらそのようですね」
レイスは小さくつぶやいた。メルヴィンは、フランセットを胸ポケットの中にそっと入れながら告げる。
「ところでレイス。おまえは、自分の気持ちは僕にはわからないと言っていたが、同じことがおまえにも言える。王妃殿下を許せとは言わない。けれど、おまえには、王妃殿下の――母上の気持ちはわからない。そのことは、覚えておいてほしい」