06 竜王陛下、怒涛の口説き

 すべてを聞き終えたあと、ヴァルは愕然とした表情になった。やがて怒りを碧(みどり)の瞳によぎらせる。

「おのれ、どこの蛇だ。俺の番いをよくも」

「わたしが悪かったのです。みんなから離れて遊んでいたから。こういう過去があったので、花嫁探しの場にずっと行けなくて……。だから長い間ヴァル様のお目に止まらなかったのだと思います。お時間を掛けさせてしまって、申し訳ありません」

「いや、花嫁探しの場に来ない娘は多くいる。島国などに住んでいれば無理な話だしな。だから竜は番いを、自分の翼で渡り探す。見つけられなかったのは俺の落ち度だ」

 竜は匂いで番いを探し当てる。ローゼはほとんど屋敷の中で暮らしていたから、余計に見つかりにくかったのかもしれない。
 ヴァルは悔しげに眉を寄せた。

「くそ、その当時に俺がおまえを見つけていれば、蛇に噛まれるような目には遭わせなかったものを。本当にすまない。怖かっただろう?」

 痛みを含んだ目で、ヴァルはローゼを見つめた。

(このお方は、人の心をていねいに見てくださる方(かた)だわ)

 同情した表情の裏で、他人の不幸を味わうような人ではない。母を幼くして亡くしたローゼは、そういう感情に敏感だった。

 ヴァルの温かい心は、ローゼの身の内に深く染み込んだ。ローゼはまた涙が零れるのを、抑えることができなかった。

(わたしはそんなに泣き虫ではなかったのに)

 悲しみ以外で涙を流すことなど、なかったのに。
 ローゼの涙に、ヴァルが動揺した表情を見せる。ローゼはそっと微笑んだ。

「ヴァル様、あなたは素敵なお方です。とても優しくて、温かくて。あなたと一緒になれたら、どんなに」

 ヴァルは目を見開いた。

「俺との未来を考えてくれるのか」

「それは……。わたしは、さっきもヴァル様に失礼な態度を取ってしまいました。もし未来があるのなら、きっとこれからも同じことをしてしまうかもしれません」

「そんなことは気にしなくていい。俺のことより、おまえのことを考えたい。もちろん男爵の説得に労を惜しむつもりもないし、少しでも望みがあるのならあきらめたくない。ほら、こうして腕に布を巻くだけでおまえは怯えないだろう? おまえが楽になるような方法を、もっと他にも考えるから」

「方法を?」

「そうだ。腕はちょっとしたきっかけで鱗が出やすいから、こうして普段から亜麻布(あまぬの)で隠しておく。次に出やすいのは顔だが、これは意志の力で抑え込むことができるはずだ。いや、必ず抑え込む。周囲の竜が怖いなら、俺がおまえのそばにいて守る。鱗が見えそうになったら見えないように抱きしめるから」

 ローゼの頬をこぼれ落ちる涙。それをヴァルは、指でそっと拭った。それから反対の腕で、彼女を優しく抱き寄せる。
 ローゼのさらさらした髪に唇を押し当てて、切なげに囁いた。

「ローゼ……俺のかわいい番い。決して不自由な思いはさせないと約束する。寂しい思いも、辛い思いも、怖い思いも。俺はおまえのためだけに生きたい。それを許してほしい、リーヴェローゼ」

 竜は溺れるように番いを愛する。
 その言い伝えどおり、ヴァルはまっすぐにひたむきに、ローゼに想いを向けてくれている。

 彼の胸の中で、ローゼは唇を噛んだ。ヴァルは抱く腕に力をこめる。

「もし本当に……駄目だったときは、ちゃんとおまえを男爵のところへ帰そう。だから一度でいい。俺とともに、竜大陸へ来てくれないか。もう少しだけでいい、おまえのそばにいさせてほしい」

 きっと自分は、この情熱的で優しい竜に惹かれ始めている。
 これまで恋をしたことがなかったから、この想いがそれだと、はっきりとは分からないけれど。
 でもこのまま彼とお別れをしたら、きっと自分はとても後悔するだろう。それだけは分かった。

 父を裏切ることはできない。けれど、あともう少しだけなら。

「……はい、ヴァル様」

 ヴァルの温かな腕の中でローゼは答えた。彼の肩が、小さく震えたような気がした。

「もう少し、ヴァル様といっしょにいさせてください」