18 旅行へ行こう

 目が覚めたのは、ずいぶんと遅い時間だった。窓から見える太陽の位置がいつもより高い。ローゼはベッドの上で、ヴァルの両腕にくるまれていた。

「おはよう、ローゼ」

 彼は起きていたようだ。綺麗な双眸を細めて、彼はローゼの頬を撫でる。
 もしかしたら、ずっと寝顔を見られていたのかもしれない。恥ずかしくて、ローゼは顔を赤くした。

「ごめんなさい。寝坊してしまったようです」

「気にするな。好きなだけ寝ているといい」

 ヴァルは、ローゼの頬に掛かっていた髪を耳の後ろに押しやる。碧色の瞳が優しく溶けて、朝日に透けるようだった。

「い、いえ。もう起きます」

 ローゼはなんだかいたたまれなくなって、手をついて上体を起こした。すると毛布がするりと肩から落ちて、ふっくらした胸が露出してしまう。
 ミルク色の肌には、赤い花がいくつも散っていた。昨夜ヴァルに愛でられた痕だ。

「あ……」

 ローゼは首まで真っ赤にして、毛布を引き上げようとした。けれどヴァルの口に、胸の先端を捕らえられる方が早かった。
 くちゅりと吸い上げられる。

「や……っあ」

「すまない。美味しそうな実を見つけたから」

 反対の頂きを指の先でくすぐられ、てのひらで揉み上げられる。感度の鈍い朝の肌が、じっくりと官能を拾い上げてピンク色に上気していった。

「だめ、ですヴァル様……今は、朝で……っ、ん」

「朝ではなくて、もう昼だ」

 肩を押されて、体がベッドに沈む。やわらかく胸を揉み込まれながら、唇に口づけが落ちた。

「ん、ん……っ!」

 すぐに舌が押し込まれて、口腔内を味わわれる。唾液を啜り上げられて、舌をこすり合わされて、ローゼの頬は羞恥で赤く染まった。

「も、やめ……っ、あ、ぁん」

 乳房の先端を軽く引っ張られ、ローゼの体が跳ねた。唇をくっつけたまま、ヴァルは笑みの形にする。

「かわいいな、おまえは」

「だって、ヴァル様が……っ」

「今日は温泉にでも行くか」

 突然の提案に、ローゼは二の句が継げなかった。
 ローゼのすべらかな下肢に手を伸ばしながら、ヴァルは続ける。

「定期船が帰った直後は、空いているんだ。子竜が管理している貸し別荘もある。一泊していかないか?」

「旅行、ですか?」

 太ももの内側をいやらしく撫でられながら、ローゼは息を乱した。うなじを吸い上げられて、またあえかな声が零れ出る。

「乗り気じゃなさそうだな」

「行きたい、です」

 ヴァルが淫らなことをするから、考えが散らされてしまうのだ。
 旅行なんて、嬉しいに決まっている。

「行きたいです。連れていってください」

「よかった」

 深くキスをされる。彼のてのひらが太ももからさらに奥へ割り入って、ローゼは甘い快感に沈んでいった。

 そんなことをしていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。旅行の準備が整ったのは夕方だ。

 バルコニーに立ち、ヴァルは翼を広げた。たくましい背中から伸びる漆黒は勇壮だ。夕焼け空に映えるそれに、ローゼは見とれた。
 彼に抱えられて、バルコニーから飛翔する。赤く染まる空が視界いっぱいに広がり、ため息が漏れた。

 しばらく南下すると、森の中に点在する貸別荘が見えてきた。ヴァルはその中のひとつに舞い降りる。芝生が敷かれた広い庭の真ん中だ。

 ローゼを降ろして翼を背にしまうと、貸別荘の中から十歳くらいの竜が駆けつけてきた。

「いらっしゃい族長! ついに奥さん連れてお泊まりかぁ、おめでとー! 新婚生活はどんな感じです? ラっブラブのいっちゃいちゃの一分一秒でも離れられない感じの」

「いいからとにかく仕事をしろ」

 騒ぐ子竜にため息をつきつつ、ヴァルはこの貸し別荘を確保したようだった。ローゼも子竜に質問攻めに遭いそうになったが、ヴァルが彼を管理小屋へ追い返した。

「まったく、お調子者ばかりだな」

 困ったように眉を寄せるヴァルに、ローゼはくすくす笑う。

「子どもの竜は働かなくてはいけないから大変ですね」

「その代わり狩りは練習程度でかまわないし、有事の時は母親と避難する。危険なことからは極力遠ざけられるんだ。子竜は大切な存在だから、守らなければならない」

 竜の数が年々減っている、という話をローゼは思い出した。

 貸し別荘は三角屋根の可愛らしい造りをしていた。太い木材で組まれた壁や床には、暖かみがある。一階は寝室とリビング、二階は吹き抜けのロフトになっていた。

 リビングを抜けて寝室に入ると、籐で編まれた長椅子や、大きめの寝台が置かれていた。
 正面の壁には、横にも縦にも広い窓がある。その先は高い生け垣に囲まれた中庭があった。

「これがおんせんですか?」

 不規則に配置された岩が、中庭に大きな窪みを造っている。その中に湯気の立つお湯がなみなみと張られていた。端のほうに木製の筒が伸びており、そこからお湯がひっきりなしに注がれている。だからだろうか、湯船のフチからお湯がするするとあふれ出ていた。

「源泉掛け流しというヤツだ。少々熱いぞ」

「げんせん?」

「まあいい、とりあえず入ろう」

 ヴァルがカラリと窓を開ける。赤い夕日が二人の影を長く伸ばす。

「ヴァル様からどうぞ。わたしはその間、お散歩にいってきてもいいですか?」

「一緒に入らないのか?」

 意外そうに聞き返されて、ローゼの頭に空白が落ちた。ふいに、ヴァルに抱き寄せられる。

「せっかく一番広い温泉を借りたんだ。一緒に入ろう」

「で、でも、恥ずかしいです」

「恥ずかしがるおまえもかわいいな」

 ヴァルはうっとりとこちらを見下ろしてくる。ローゼはつい頬を赤らめた。夕焼けがうまく隠してくれていると思いたい。

「いえ、その……ヴァル様はいつもかわいいと褒めてくださるのでとても嬉しいのですが……それはきっと番いへの贔屓目であって、わたしよりかわいい女性は他にもたくさんいらっしゃると思います」

「なにを言う。おまえが一番かわいい。俺のローゼが世界で一番かわいい」

 端整な面差しに、この上なく甘い笑みが乗る。直視できなくて、ローゼは琥珀色の瞳を伏せた。するとあごを軽く掬い上げられて、口づけが落とされる。