それからシュゼットは、夕食にまにあうように、フィンに馬車で送ってもらった。
「いますぐに、ご両親に結婚の許しを得たいところだけれど、指輪もなにも用意していないからがまんするよ。明日にでも、ご両親へ手紙を書くから待っていて」
紺碧が広がり始めた空の下、別れ際に口づけを交わして、フィンは帰っていった。遠ざかる馬車を庭で見送りながら、シュゼットは、甘い余韻の残るくちびるを指先でたどる。
(わたし……本当に、好きなひとと両思いになれたの?)
さざめくような幸福感が体内を満たしている。
好きなひとに振られることなく、両思いになって、プロポーズまでされた。
こんなことが自分の身に起こるなんて、これまで考えもしなかった。
「フィン……」
つぶやきを春の風が攫った。
そのときふいに、シュゼットの胸を不安がよぎる。
「本当に、今度はちゃんと、幸せになれるのかな」
これまでのように、また振られてしまわないだろうか。
言葉だけで交わしたプロポーズは、なにかのきっかけであっけなく覆(くつがえ)されたりはしないだろうか。
フィンは、社交界の花と讃えられ、幼なじみでもあったジーナへの想いを、完全に断ちきることができているのだろうか。
シュゼットのなかのフィンへの恋心は、もうあと戻りできないくらい大きくなってしまった。前世のようにあっさり振られてしまったら、立ち上がれなくなってしまうかもしれない。
「信じたい、けど……」
前世のつらい経験と、ジーナに恋をしていたはずのフィンが重なって、シュゼットは黒々とした不安に小さく身を震わせた。