03

 小さな村だった。
 今にも朽ち果てそうな、小さな木造の門がある。門の上部に文字が書かれている。見たことのない文字なのに、なぜか読めた。【エルトナ村】とある。
 あたしはシンに横抱きにされたまま、門をくぐった。安定感を得るために、彼の首に両腕を回している。嫌だけど、仕方がない。

 時折すれ違う村人はみな鬱々と下を向いて歩いている。まれにこちらを見る人もいたけど、すぐに目をそらした。シンの長身と鋭い眼光は、人々を怯えさせている。

 掘立て小屋のような家々の中で、比較的大きな建物の中に、シンは入った。すぐ正面のカウンターに、中年の男店主が座っている。シンをチラっと見て、無言で手を出した。そこにボロボロの紙幣2枚を乗せて、シンは無言で階段を上がる。店主は見送りもしない。

 陰鬱な階段はギシギシときしみ、今にも崩れ落ちそうだ。窓の少ない廊下はうす暗く、冷たい。シンはすぐ手前の扉を開けた。

「今夜はここで休む」

 シンはあたしを、ベッドの上におろした。
 吐く息が白い。建物の中なのに、外にいるのと変わらない。あたしは毛皮の合わせ目をぎゅっと引き寄せた。
 シンが部屋の真ん中にあるス黒いトーブに向かう。しばらくすると、火が起こった。なぜか草の匂いがした。

「これで暖まるだろう。火の近くに来い」

 それは、シンの近くに行くということだ。
 あたしはぎこちなく首を振った。

「そうか」

 薄い青の目が、悲しげに細められた。
 ――どうしてそんな目をするの?
 アスファルトからはえた腕を思い出す。たくましく、浅黒い腕だった。あれはシンの腕だ。彼があたしを、ここへ『連れてきた』。理論や現実をすっとばして、そのことをあたしは、徐々に理解しつつある。
 傍若無人に連れてきて、無理やり激しいキスをした。どう考えても極悪人だ。それなのに、どうしてそんな目をするのか、あたしにはわからない。

「おまえの様子を鑑(かんが)みるに――」

 シンがぽつりといった。
 青の目は切なげに、あたしを射ぬいている。

「きっとおまえは、何も知らないのだな」

 シンの声音は、同情がにじんでいる。
 あたしはそれに、カッとした。
 ――あたしを連れてきた張本人が、何を言っているの。

「何もわからないよ。そんなの当然でしょ。あたしは普通に過ごしてたの。いつものように学校に行く途中だったの。そうしたらいきなり地面から腕が伸びて、気づいたらこんな場所にいた!」

 あたしは立ちあがる。肩から毛皮がスルリと落ち、汚れの染みついた木の床が、ギシリと音を立てた。

「ここは何なの! どうしてあたしを連れてきたの! こんな寒いところは嫌だよ。あたしをもとに戻して。今すぐ家に帰してよ!」
「どうして連れてきた、だと?」

 シンの目が、昏く光った。