「それに、オレたちが本気で楓子をとりもどそうと思ってんだとしたら、こんな回りくどいことしないで、飼ってる狼総動員していっきに襲っちまえばいいだけだろ。ユーマがやらかしやがったせいで変な誤解を与えたかもしれないが、オレたちも色々と考えてんだよ。平和的な方法ってやつをさ」
「――わかった。話を受けよう」
シンが短くいった。
「おっ、いい返事だ」
「だが条件がある。ともに行動するのはおまえだけだ。ユーマやリオウはいらん」
「当然だ。今度こそユーマの体を壊されちゃたまらん。あれは貴重な幻術使いだからな」
「それともうひとつ。絶対に楓子とふたりきりになるな」
スオウは口をゆがめるように笑んだ。
「過保護だな、『鋼の王』サマは」
「おまえの気性は知っている。少なくとも、ユーマのように己を見失うようなことはない。だがおまえはやはり『月狼』だ」
シンが鋭い目でスオウを見ている。あたしは不安になって、自分のてのひらをきゅっと握った。
「楓子の気が乱れる。泣かせたくない」
「へえ」
スオウの目があたしを見た。青い双眸が、心を覗くように細められる。あたしは思わず目をそらした。
「ま、仕方ない。因果ってやつだ」
スオウが立ちあがった。緊迫した空気がほどけた。彼は雰囲気を塗り替えるのがうまい。地面に置いた刀と弓矢を身につけ始めている。
シンも荷物をまとめて、あたしをオウルへ促した。シンはずっと帯刀していたようだ。弓矢も背から外していない。あたしはスオウの度胸に舌を巻いた。
「狼の谷はどこにあるの?」
「岩場を北へ行く。谷までは集落がない。運よくゲルを見つけられればいいが、そうでなければ2回ほど野営が必要だろう」
オウルの背に乗り、あたしは3匹の狼を見おろした。スオウの馬の後ろをピタリとついている。よく懐いている。
「シンは狼を飼っていないの?」
「オレはオウルだけで充分だ。遊牧民の中には飼っている者もいるだろうが、あんなふうに指示に従う狼はめったにいない。月狼の民は特別なんだ」
なぜ特別なのか、聞くのが怖かった。理由はわからない。
オウルとスオウの馬は、風を切って走り始めた。
*
シンのいうとおり、夕日になるまで集落はなく、ゲルが見つかることもなかった。
赤い空が遠くかすむころ、2頭の馬はたずなを引かれ、足をとめた。
「このあたりで野営するか。見通しがいい場所だ」
シンはうなずいて、オウルからおりる。彼の手に捕まりあたしも地面に足をつけた。
狼たちがねだるように、鼻先をスオウにすりつけている。スオウは革袋から干し肉をとりだし、狼たちに食べさせてやった。
オウルたちに積んだ枯れ枝でたき火をする。赤く燃える熱が、冷えた頬を炙った。
包みからチーズを取りだしながら、スオウは口を開く。
「アスカのことなんだが」
その名が出たとたん、シンを包む空気が怒気を孕んだ。よほど嫌いな相手らしい。いったい何があったんだろう。
スオウが苦笑する。
「そんなにピリピリするな。ちょっと話をしようとしただけじゃねえか」
「もうその名を出すな。もとはといえばあいつが」
そこでシンは口をつぐむ。スオウはチーズを口に放りこんだ。
「しかし今からアスカを襲撃するんだろ。名前を出さないわけにはいかないぞ」
「奴の相手はおまえがしろ。オレと楓子はそのスキに那岐と側仕えの――ユルハだったか。彼らを解放する」
「オレひとりかよ。あー、リオウも連れてくるべきだったな」
スオウは天をあおいで溜息をついた。あたしは思わず口を挟む。
「でも、シン。アスカという人は手下がたくさんいるし、変な術も使うんでしょ? 加勢したほうがいいような気がするんだけど」
「おっ楓子、いいこと言うな」
シンがスオウをにらみつけ、あたしの方に視線をうつした。
「いいか楓子。気狂いばかりの月狼の中でも、アスカは最悪だ。あいつの目におまえを晒すわけにはいかない。これだけは絶対に駄目だ」
「でも、失敗したら那岐を助けられないじゃない」