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 リオウは竹を小刀で削っている。シャ、シャ、という軽快な音が風に乗って流れていく。このあと窯に入れて焼き、いくつかの工程を経て、竹は鋭い矢になる。
 今日もいい天気だ。
 集落から少し離れたこの場所は、青天と草原があるばかりで視界が開けている。

「リオウはいつから知ってたの? 『蒼月の巫女』と『闘士』のこと」
「巫女についてはもの心ついたときから、楓子のことだって聞かされてたよ」

 手を止めずに、リオウはこたえる。真剣に削っているので、より目ぎみだ。

「でも巫女の儀がどんなものかは知らなかった。『闘士』についても、何も聞かされてなかった。もちろん、『鋼の王』のこともね。20歳になったら教えてくれるはずだったみたいだけど、オレの場合その前に『闘士』に選ばれちゃったから早まったな」
「20歳……。じゃあかなり前からスオウは知っていたのね」

 スオウは今28歳だ。族長という立場からしても、何も知らなかったというのは考えにくい。
 すべて知っていて、大人たちはみんな、わたしと那岐にごく普通に接していたのだ。それが今となっては恐ろしく感じる。

「『鋼の王』ってのはさ、伝承では月狼族ではないとされてる。『蒼月の巫女』が現れた御代(みよ)には必ず存在するらしいんだけど、それも眉唾ものだよね。……それを言っちゃうと、『蒼月の巫女』も『闘士』もぜんぶ眉唾だったんだけどさ」
「他の土地で生まれるって……じゃあどうやって見つけるの?」
「うーん、なんだっけ。鋼色の髪に、巫女だけに見える青い目っていうのが特徴だったような……。あと、巫女に魅かれて気づけば近くにいるみたいなことも言ってたかな。ごめん、うろ覚え。あー肩こった」

 リオウがおじいさんみたいに肩をトントン叩いている。思わず笑ってしまった。

「お疲れさま。もう終わった?」
「あと1本。そうそう、今となってはもうない話なんだけどさ、那岐がもし『蒼月の巫子』だったらどうなってたか分かる?」
「……。そういえば、そうだよね。なんかちょっと、想像するだけで不気味なんだけど……。リオウと那岐が、男同士でどうやって……」
「いやいやいや! 違うから! そこは想像しないで! 頼むから!」

 リオウが笑いながら、最後の1本を持ち上げる。

「そうなったら必然的に、『闘士』は女になってたってわけ。『鋼の王』も女。眉目秀麗な巫子であるところの那岐様が、7日ごとに女性を渡りまいらせる……って、男ならだれもが羨む状況だろ」
「リオウ、最低」

 半眼でにらむ。リオウは悪びれもせず、続けた。

「ま、そう簡単に男の夢は実現しないわけだ。残念残念」
「リオウってほんっとーに心配りのない男だよね」

 ここまでくると呆れるしかない。最後の1本ができあがったようで、リオウは満足そうに「よしできた!」と竹をかかげた。

「そろそろ帰ろうか。つきあってもらっちゃって悪かったな。一人で黙々とやっててもつまんなくてさ」
「いいの。わたしも気分転換になったし」

 削り終わった竹をまとめて、立ちあがる。近くに馬が繋いであった。

「そういや、次の蒼月は2日後だっけ。兄さんの番だよね」

 馬に乗りながら、リオウがいう。話しづらいこともズバズバ聞いてくるのがリオウだ。

「ああ、うん……」

 たずなをつかみつつ、あいまいにこたえる。
 正直、スオウは怖い。11歳も年上というだけで気後れするのに、族長の上、部族最強の戦士なのだ。ユーマやリオウより体が大きいし、力も強いだろう。
 世間話をする分には気さくな兄的存在なのだが、蒼月の夜となると、そうもいかない。

「ねえ。最近トウリ、どうしてる?」
「んー、どうもしないよ。いつもどおり。会いたい?」
「……うん」

 複雑な思いでうなずいた。
 トウリは大切な友達だから、会いたいに決まっている。でももうわたしは、蒼月の夜以前の自分とは違ってしまったのかもしれない。トウリはわたしを「巫女様」と呼んで、距離を空けるかもしれない。それが怖い。

「……あれ? なんかおかしくない?」

 リオウが集落の方を指さして、怪訝な顔をした。そちらに目を向けると、確かに様子がおかしい。集落全体が、薄鼠色(うすねずいろ)に霞んで見える。

「リオウ、あれ、煙じゃない?!」

 あたしは口もとを手で押さえた。リオウが舌打ちする。

「くそっ、盗賊の焼き討ちか!」

 盗賊――。愕然とした。そういえばこの前ユーマが、「最近窃盗団が出る」と言ってたような気がする。
 でもまさか、集落を直接狙い撃ちしてくるなんて、そんなバカなこと――。

「楓はここで待ってて――って、1人にさせるわけにはいかないか。じゃあ、あの岩陰まで一緒についてきて。そこで隠れてるんだ。オレは集落の方に行ってくる」
「リオウも隠れてた方がいいよ、だってリオウは弓も刀もヘタじゃない!」
「だからあれは、フリだって」

 リオウは笑った。

「たいしたことなくても矢の補給係くらいはできるだろ。大人しく待っててよ、楓」

 けれど結局、一番活躍したのはやっぱりスオウだったらしい。
 岩の近くに行くと、一族の女性たちが避難していたから、あたしもそこに身を寄せた。遠目だったから見えなかったけれど、ユーマの話によれば、スオウが的確に指揮を取り、盗賊たちを撃退したようだ。
 けれど、スオウとは他に、鬼神のごとき活躍を見せた男がいたらしい。

「アスカだ」

 ユーマがグオズをかじりながらいう。最近はユーマとリオウと3人で、わたしのゲルに集まって昼食をとるのが日課になっている。
 わたしは首を傾げた。

「アスカって、あの問題児のアスカ?」
「ああ。いつも周りにケンカふっかけたり、ヒリュウやクウガなどの取り巻きたちとしょっちゅう外に出ては3日3晩帰ってこない、あいつだ」

 生真面目なユーマは、破天荒なアスカにいい感情を抱いていない。わたしはあんまりアスカと話したことがない――そもそも彼は、じっとクラン内にいることがない――から、親しくなかった。だから、よくわからないというのが本音だ。
 リオウがいう。

「オレが行ったときにはもうあらかた片付いてたしなぁ。見てなかったからわからないけど、みんなはアスカのこと褒めてたな。アスカとスオウのおかげで、燃やされたのはゲル1つだけに留めることができたって」
「あいつの戦い方には反吐がでる。いくらならず者とはいえ、同じ人間をあんなふうに殺すなんて」

 そこまで言って、ユーマは口をつぐんだ。

「いや、すまない。今するような話じゃなかったな」
「でもさ、どうやら4人目の『闘士』がアスカっていうのは確定になったみたいだよ」
「え?」

 わたしはチーズを喉に詰まらせてしまった。ユーマが水をこちらに寄こしながら、舌打ちをする。

「オレは反対だ。スオウにもそう言ったのに」
「うん、兄さんも反対してた。でも重役のお歴々が譲らなかったらしい。剣も弓も使える上に、幻術はユーマ以上。素行にはこの際目をつむろうって肚(はら)じゃない? みんな『獣化』したくないから必死なんだよ」
「おまえはどうなんだ?」
「うーん、個人的には別に何の感情も持ってなかったけど、『闘士』となるとちょっと心配ではあるかな」

 リオウがちらっとわたしを見る。
 わたしの胸の中で、不安がぐるぐると渦まいていた。
 アスカとは、まともに話したこともないのに……。たぶん向こうも、わたしの顔をなんとなく知っている、という程度だろう。
 場の空気が重くなったところで、リオウが明るくいった。

「そうそう、いつも頑張ってる楓子に贈り物があるんだ」
「えっ、なに?」

 思わず身構える。リオウからの贈り物はいつも阿呆みたいに度数の高いツァグだとか、変な匂いのする怪しげな薬だとか、ロクなものがない。