71 番外編 シン

 女心は難しいと、つくづく思う。
 今日もちょっとしたことで楓子を怒らせてしまい、今アルトゥに説教されている最中だ。

「だいたいあんたは豚を見ながら『あれは楓子に似ている。とてもふくよかで素晴らしい』だの、牛を見ながら『あの食べっぷりは楓子に通じるものがある』だの、失礼にも程があるよ。何年か会わない間にちょっとは成長したかと思ってたけど、そういうところはほんと変わらないね」
「いや、オレは楓子が痩せすぎていることを気にしているようだから、フォローしたつもりなんだが」
「それがなんで豚や牛にソックリだっていうセリフに繋がるんだい?」

 冷たい視線に晒される。
 なぜだ。どうしてなんだ。牛や豚ではなく、ラクダなら大丈夫だったのか。これからはそっちにしよう。

「まあ確かにフウコは痩せてるけどねぇ。なかなか子ができないのはそのせいかね。ちゃんと肉やチーズを食べさせてるかい?」
「ああ、いつも卓に乗っている。だが食べる量が少ない」

 結婚して六月(むつき)経つが、楓子が懐妊する気配はない。
 まだ気が早いとは思いつつ、あんなにも毎晩毎晩毎晩たまに日中も可愛がっているのにできないのは、少し疑問だ。楓子は自分の体に原因があるのではないかと落ち込んでいるが、実はオレの方に問題あるかもしれない。どちらかというと後者の方が悲劇だ。こんなナリで種ナシとは、ありえん。

「あの子、月モノの痛みも酷いんだよ。1日中呻いて起き上がれないだろう? もしかしたら子宮の病気かもしれないよ」
「何ッ! それは本当か?!」
「ちょっとイタイい、肩をつかまないでくれよ。あたしは医師じゃないから詳しいことは分からないよ。南の方の集落(クラン)に詳しい者がいるようだから、今度診せにいったらどうだい?」
「医師か。それに関しては心あたりがある。楓子の弟がそうなんだ」
「ああ、そんなようなこと言ってたね」
「今すぐ行ってくる。あとを頼む!」

 家畜のワラを放り出し、弓矢と剣を手に取って、まだぷんぷん怒りながら昼食を作っていた楓子を抱き上げてオウルに乗せた。何やらわめかれたが、構わず襲歩(しゅうほ)で草原を駆け抜けた。

 仏頂面の楓子を前に、那岐は最初首を傾げていたが、事情を話すと「分かったから落ち着いて待ってて」と言い置いて楓子とついたての奥へ入っていった。
 庵の中でソワソワしつつ、卓に置かれた茶を飲む。
 ここまで3日で来た。相当オウルを酷使したから、1日休ませたほうがいいかもしれない。今日は宿泊させてもらおうか。
 説明もせずいきなり連れてきたせいか、この3日というもの楓子はかなり怒っていた。宿先でキスもさせてもらえない。仕方ないから床で寝た。ただ心配なだけなのに、悲しい。

「お待たせ、終わったよ」

 那岐と楓子が奥から出てきた。卓を挟んで敷物の上に座る。
 オレは身を乗り出した。

「どうだった? 楓子は病気なのか?」
「いや、病気じゃないと思う。ただ体が冷えてるから、よくあっためないといけないよ。あと、月経痛が酷いのは仕方ないと思う。姉さんは今までいろいろあったから、疲れが溜まってるんだよ。痛むときはちゃんと上掛けにくるまって、ゆっくり休むといい」

 那岐は微笑を浮かべながら言う。体の冷え……。確かにアルトゥは「女は体を冷やしちゃいけない」とよく言っている。病気じゃなかったのは安心したが、そういうことならゲルにストーブをもう1つ増やしたほうがいいな。帰りに買ってこよう。
 一方楓子は上衣を直しながら、ため息をついた。

「大袈裟なのよシンは。わたしの体のことはわたしが一番分かってるんだから、こんな風に有無を言わさず連れてくることないのに。那岐だって忙しいんだよ」
「今日はたまたま休診日だから大丈夫だよ。まあでも、結婚してまだ6カ月だろう? そんなに血相変えて駆けこむ必要はないよ。シンは相変わらず余裕がないな」
「子については焦っていない。だがアルトゥが、楓子は病気かもしれないと言うから」
「痛い時はクランのおばあさんに薬貰ってるから大丈夫だよ。もうこういうことしないで」

 楓子の機嫌は全然直っていないようだ。
 那岐は苦笑した。

「でもそうしていると姉さん、昔に戻ったみたいだね。巫女になってから性格変わったと思ってたけど、仮面かぶってただけだったのかな。昔はよくリオウとそうやって口ゲンカしてたじゃないか」

 那岐はいつも、スラスラと月狼族の名を口にする。あんなことがあったというのに、心臓に毛でも生えているのかもしれない。
 あれから1年半が経つ。
 オレの中でも過去のこととして風化しつつある名だが、楓子にとってはそうでないらしく、いつも体が小さく強張るのが分かる。たまに、那岐は分かって口にしてないかと思う時があった。

「今日はもう泊まっていきなよ。強行軍できたんだろう? まもなく日が落ちる。隣の庵を使ってくれ」

 3カ月ほど前まで、ユルハが使っていた庵にはもう、誰もいない。
 今あの一族は何人残っているのだろうか。
 楓子の横顔を見る。不機嫌な表情はそのままに、色の失せた唇を静かに閉ざしていた。

「那岐のところにはあんまり行きたくないの」

 隣の庵に足を踏みいれながら、楓子が言う。

「絶対あの子、わざと言ってる。リオウやユーマの名前を出して、わたしがどう反応するか見てるのよ。昔からそういうとこ、意地悪だから」
「意地悪でやっているわけではないと思うが」

 楓子の心の傷を計っているのだろう。
 たまに膿を出してやらないと、皮膚の下でどんどん腐りが溜まってゆくから。
 ストーブをつける。楓子を暖かい場所に座らせて、那岐からもらった羊と芋の塩ゆで、ベイズに水を卓に置いた。夕食だ。

「こんなにゲルを留守にして、家畜の世話や狩りはいいの?」
「……。アルトゥに頼んでおいたから、大丈夫だ」

 そこまで考えていなかった。きっと帰ったらアルトゥに恐ろしいほど叱られるだろう。だがここでそれをバラすとまた楓子の機嫌が急勾配になりかねないので、平気なフリをした。
 楓子が疑わしげな視線を送ってくる。

「シンって、腕っぷしが強くなかったらヤバかったよね」
「どういうことだ?」
「狩りや用心棒の役割に関しては右に出る人いないから、クランは重宝されてるでしょ。一芸は人を救うんだね」

 褒められているのだろうか。なんとなくトゲトゲしいから、中に含むものがあるのかもしれない。女は難しい。

「そんなことより、飯を食べろ。オレの肉も食え」
「いらない。食べたくない」
「じゃあベイズだけでもいいから」
「シンにあげる」

 楓子は両膝を抱えてそっぽを向いている。まだ機嫌が直らないらしい。どうすれば食わせられるのか考えを巡らせていると、楓子がぽつりと言った。

「なんで怒らないの」

 意味をつかみかねて、首を傾げた。

「どういうことだ」
「普通ここまでイヤな態度取られたら怒るでしょ。シンはいつも絶対怒らないね」
「……怒ってほしいのか?」

 オレは眉をひそめた。
 アルトゥによれば、楓子に失礼なことを言ったのはオレらしい。だから楓子が不機嫌になるのは仕方のないことだ。加えて今の時期は月経前のはずだから、普段よりイライラしているはずだ。これも女の体がそうなっているのだから、仕方ない。そもそも楓子はただ可愛いだけの存在だから、怒りなんて湧くはずもない。

「怒ってほしいわけじゃないけど、あんまり怒らないから、うまくあしらわれてるんじゃないかって思う時がある」

 オレは内心頭を抱えた。
 わからん。楓子の思考回路にとても追いつけない。
 なんとかこの状況を打破するべく、口を開いた。

「楓子。おまえはラクダのようにモグモグ食べて肉付きがいいところが最高に可愛い。食べてくれ」
「最ッ低!!」

 作戦は大失敗に終わった。無念だ。

 絶対零度の空気に堪え切れず、那岐のところへ相談に行った。すると彼は腹を抱えて笑った。

「ら、ラクダ……! 女性に対してラクダって……!」
「牛や豚では駄目だとアルトゥに言われたから、思案したまでだ」
「ぶ、豚……っ」

 那岐は大層喜んでいる。姉弟でここまで反応が違うのは不思議だ。

「俺たちにとって五畜(ごちく)は神聖なものだ。それに例えられるのは素晴らしいことではないのか?」
「それについては説明しないでおくよ。面白いから」
「ではどうしたら楓子が食べてくれるのか教えてくれ」
「普通に疲れが溜まってるだけじゃないかな。疲れすぎると食べれなくなるんだよ。姉さんはたしかに痩せてるけど、少食ってほどでもなかったし」
「疲れか。そんなにキツい仕事はしていないはずだが」
「ちゃんと夜寝かしてる?」
「…………」

 オレは沈黙した。那岐が細い目でこちらを見てくる。

「10日につき何回くらいしてるんだ?」
「…………」
「まさか毎晩なんて言わないよな」

 オレはいたたまれなくなり、視線をあっち方面に投げた。

「新婚だし、それについては100歩譲って不問にしよう。で、1晩につき1回だろうね?」
「…………」
「シン。さっきから『……』としか言ってないよ」
「那岐」

 彼に向き直った。きっと必死の形相をしていたと思う。

「オレの性欲を抑える薬を処方してくれ」
「ムリ」

 那岐はあっさりと白旗を上げた。
 オレは一体どうすればいいんだ。

 隣の庵に戻ると、すでに楓子は上衣を脱いで、寝る格好になっていた。相変わらず卓の上は減っていない。
 楓子はオレの方を見ずに言う。

「シンは寝台で寝て。3日間ずっと床で寝てたでしょ。今夜はわたしが下で寝るから」
「いや、駄目だ。下は冷える。おまえが寝台で寝るんだ」
「明日からまた何日もオウルに乗るんでしょ。体力もたないよ」
「たまには言うことを聞いてくれ」

 深くため息をつく。すると、庵の空気がさらに冷えた。

「わたしはいつも、シンの言うことを聞いてるよ。聞いてるっていうか、気づいたらシンの言うとおりになってる。だっていつも有無を言わさずだもの」

 血の気が引く。那岐の言うとおり、やはり毎晩3回はイヤだったのか。
 慌てて楓子の肩をつかみ、覗きこむようにして言った。

「すまない楓子。これからは1回にする」
「えっ、何の話?」
「毎晩はどうしても譲れないが、回数を減らす。オレのことは気にするな。自分ひとりで処理すればどうにでもなることだ」
「…………」

 最初楓子は眉をひそめていたが、やがて顔が真っ赤になった。

「一体どの話をしてるのよ! もう最低!!」

 またしても失敗した。
 オレが女心を理解する日は、永遠に来ないのかもしれない。

「なんでそういうところに触れるかなぁ」

 那岐はまたしても大喜びをしている。

「ひとつ助言すると、妊娠に関して女性は敏感なんだ。傷つきやすいんだよ。だからあんまり話題にしない方がいいよ。ただでさえ周りがうるさいんだから、夫くらいはどーんと構えて、いつもどおりにしてないと」

 そういうものなのか。
 楓子が気にしているようだから、オレもつい気になって、話題にしてしまう。それがいけなかったようだ。
 その夜、なんとか楓子を寝台で寝かせた。翌朝那岐に礼を言い、オウルに乗りこんで草原を駆ける。
 しばらく無言だった楓子が、ぽつりとつぶやいた。

「シン。昨日はごめんなさい」

 オレはその時、楓子の黒髪から漂う花の香りや、抱きこんだ腹の柔らかさをぼーっと堪能していたから、何を言われたのか聞き損ねた。

「すまん、もう1度言ってくれ」
「昨日はわたしが悪かったわ。シンは心配してくれたんだよね。ごめんね」

 声がよく聞こえるように、オウルの速度を落とす。

「いや。オレが悪かったんだ。アルトゥだけじゃなく那岐にも全然なってないと言われた」
「そんなことない。嫌な態度とってごめんね。シンが優しいからつい甘えちゃうの」

 背中越しにこちらを振りかえって、楓子は言う。少し潤んだ上目づかいと「甘えちゃうの」という至上の言葉に(ピーー)を貫かれ、オレは思わず前かがみになった。
 そうすると、自然に楓子の可愛い唇が近づいて、理性の限界も近づいた。いやまてここは外だ。せっかく仲直りできそうだというのに、ここであんなことやこんなことをしてしまうと、また楓子が怒ってしまう。
 これはピンチだ。大ピンチだ。助けてくれオウル、オレの相棒よ。

「シン、大好き」

 しかしとどめの一撃を放ったのは残酷にも楓子だった。小さく囁きながら、触れるだけのキス。鉄壁を誇っている(つもり)の理性が脆くも崩れ去った。ここからはもちろん無意識のなせるワザだが、彼女の後頭部をつかんで腰をきつく抱き寄せ、貪るように柔らかな唇を堪能した。

「ん、んん……っ!」

 楓子が腕の中で身じろぎする。が、そのせいで柔らかい胸をオレの胸にこすりつける結果になり、これはもう完全に楓子に誘惑されているという崇高な予測を脳が弾き出した。

「ちょっと、シン、ここ外……っ」
「楓子……」
「待っ、シン、駄目ーーーっ!」

 ばしーーん。
 ビンタの音が広い草原に、空しく響き渡った。

 とはいうものの、ここまで熱くなった心身を冷ましてくれるのは楓子の肌しかない。
 しかしながら楓子の肌に触れるともっと体が熱くなるのだが、それはまた別の議論だ。
 そういうわけで、まだ日が高いうちからサクっと町の宿を取った。楓子はなにやら主張していたが、まわりくどい言い方ばかりでサッパリ分からない。階段でマゴマゴしていたから、まだ体が辛いのかと思い、抱き上げて部屋へ連れていった。ここでも楓子はなにやら言っていたが、真っ赤になった頬と潤んだ瞳が可愛いと思って、寝台に組み敷きながら目じりに口付ける。
 帯をほどき、上衣を脱がせ、下着もぜんぶ引きぬいた。何も身に着けていない楓子の体は柔らかな宝石のようで、抱きしめると恍惚感が湧き上がる。丸みを帯びた胸に指を沈ませれば、甘い声が唇から零れた。

「っあ、シン……っ」
「楓子」

 乳首をきゅっとつまんでこすると、だんだんと固く立ち上がってきた。ピンク色の唇に自分のそれを押しあてて、舌をねじ込む。震える小さな舌を捕え、味わうように嬲った。ぴくんと腰が跳ねる。口付けながら服を脱ぎ、肌と肌で抱き合った。吸いつくような柔らかい肌が途方もなく気持ちいい。

「楓子、好きだ。楓子」

 囁きながら、耳朶を口に含んで舌をからめる。秘所の割れ目を指でまさぐると、すでにしっとりと濡れていた。幾夜も愛撫してきたそこは、少し抵抗を見せた後、オレの指をくぷくぷとのみこんでいく。

「ぁ、ああっ! しん、しん……っ」

 楓子の声に煽られる。
 すでに膨らみつつある花芯を、親指の腹でゆっくりと押し回すと、さらに高い嬌声が零れ出た。同時に熱い蜜が溢れ、中に埋めた指をつたって掌を濡らす。もう1本指を増やし、楓子のいいところを何度も嬲った。そのたびにビクビク震える腰を、覆いかぶさることでで押さえつけ、胸の先を口に含む。ツンと尖ったそこを甘噛みし舌で愛撫すると、楓子が涙を零しながら喘いだ。

「あ、だめ、もう、あぁっ……!」
「……楓子」

 白い首筋に赤い花を散らす。2本の指をさらに深く押しこんで、充血した花芯を強くこすりあげると、楓子の体が一際跳ねて、絶頂を迎えた。

「ア、ああ……」

 ぐったりする体を抱きしめながら、痛いくらい怒張した自身をトロトロの蜜壺にあてがう。割れ目をなぞるように動かすと、楓子は小さく悲鳴を上げた。

「まって、まだ……」
「もう待てない」

 熱い襞をかきわけるように押し入った。嬌声が上がる。まだ先端しか入っていないのに、楓子の中はきゅうきゅうに締めつけてくる。歯を噛みしめて腰を進めると、ぬちゃりと淫らな水音が響いた。理性が焼き切れて、本能のままいっきに最奥まで貫く。何度も強く、腰を打ちつけた。

「や、ぁ、あああっ! しん、しんっ……!」
「っは、楓子……!」

 熱く濡れた粘膜にこすられ、逃がしようのない快感が全身を冒す。楓子の声に煽られて、肉食獣のように激しく、柔らかい体を貪った。楓子が泣き声を上げて、オレの背中に縋りつく。繋がった箇所が熱く溶けて、境界線が分からなくなり、ただ強烈な快感だけが駆け巡った。
 がん、と最奥に打ちつけたのが、最後だった。視界の明滅とともに欲望が吐き出され、どくどくと脈打つ。熱い果肉がなまめかしく動き、白濁をじっくりと飲みこんだ。
 楓子の体を抱きしめて、横向きに寝転がる。吐き切った肉棒をずるりと引き出した。

「あ……」

 艶めいた吐息が、楓子の唇から零れる。しっとり濡れた皮膚から、女の濃密な匂いが立ち昇った。
 そうだ、これがいけないんだ。交わったあとの、ぐったりと脱力した楓子からは恐ろしいほどの色気が纏わりついている。これに抗うのは至難のワザだ。しかしここで我慢しなければ、楓子の疲れが取れない。昨夜約束したばかりではないか、1回で我慢すると!

「シン……」

 腕の中の楓子が、潤んだ瞳でオレを見上げた。そっと胸板に掌を這わせ、小鳥のような愛らしい声で言う。

「大好き、シン」

 嗚呼。
 オレの明日は、どっちだ。