60.5 シン(1)

 楓子は綺麗な体をしている。と、思う。
 オレは楓子以外の女を知らない。だから比べることなどできないが、それでも楓子が一番綺麗だと思っている。

 昨日をそれをユーマに話したら思い切り渋い顔をされた。そして「これだから天然は」とブツブツ言いながら去っていった。スオウやリオウは気持ちよく同意してくれたのに、ユーマは楓子があまり好きではないのだろうか。……いや、彼の楓子に対する態度を見る限り、それはないな。

 さっきからグルグルと詮ないことを考えているのは、今夜が蒼月だからだ。他ごとを考えていないと、落ちつかない。
 天幕(ゲル)の中に充満した甘い匂いが、脳髄をとろけさせる。

「ごめんねシン、あたしまだ夜ごはん中で」

 楓子はグオズをティーツァで流しこんでいる。

「いや、慌てるな。のどにつっかえる」

 なるべく平静を装って、彼女の隣に座った。近づけば近づくほど、匂いは濃密になる。

「もう食べ終わったから大丈夫だよ」

 楓子の唇の端に、ティーツァが少しだけ零れていた。白濁色のそれは、オレの劣情を無駄に煽ってくる。

「シン、どうしたの?」

 楓子が首をかしげて、こちらに手を伸ばしてくる。白いそれがオレの頬に触れた時、思わず体が強張ってしまった。

「体の調子が悪いなら、スオウに相談して、日にちずらす?」

 冗談じゃない。
 オレは答えるより先に彼女の手首をつかんで引いた。バランスを崩した楓子は、胡座するオレの上に落ちてくる。
 ああ、駄目だ。
 結局楓子に触れて、ものの3秒ももたないではないか。

「シン?」

 オレは楓子の唇についたままのティーツァを親指で拭い、それを舐めた。塩味がする。続いて彼女の唇に自分のそれを重ねると、こっちはどうしようもなく甘かった。

「んん……っふ」

 腕の中で、楓子のやわらかな体が身じろぎする。
 深く口付け、舌を割りこませて、オレが彼女の中を舐めつくしているからだ。

「シ――、んぅ」

 一度唇を離したら、そこが寒々しく感じられて、再び唇を寄せていった。楓子のふっくらした唇を舌で味わい、また口腔内へ潜りこませてゆく。
 オレのディールを、楓子の手がつかんでいる。オレはゆっくりと唇を離しながら、その手を握った。

 黒曜石のような瞳が、ストーブの火を反射させて、濡れたように輝いている。
 オレはその瞳に吸いこまれてしまいそうだった。

「今日のおまえは、なんて綺麗なんだ」

「えっ? ええと」

 頬を赤くして、しどろもどろに楓子は言った。

「あたしはそんなに綺麗じゃないよ。弟の那岐の方が、よっぽど綺麗だったくらいだし、それに」

 しかしオレは彼女の言葉の内容よりも、腕に抱いた体のやわらかさや、ふっくらした唇や、濃密な匂いにばかり気を取られてしまっていた。
 だから楓子が喋り終える前に、彼女を横抱きにして立ち上がった。奥の寝台にそっと楓子を横たえる。サラサラした黒髪が白いシーツに広がった。

「楓子――」

 切なく名を呼びながら、彼女に覆いかぶさるようにして口付ける。赤い唇を食んでから軽く甘噛みすると、楓子の肩がぴくんと跳ねた。
 そのまま舌を入れて彼女のそれをからめとり、貪るようにキスを続ける。その間に楓子のディールの帯をほどき、前をはだけさせた

「シン、なんか一回目の時より手際が良く――、っ」

 零れた胸に手を這わせ、まだやわらかな頂きを指の腹で擦り上げる。唐突な刺激に楓子は啼き声を吞みこんだ。

 すっきりした形の鎖骨に舌を這わせながら、オレは胸の先を指で転がしていった。

「や、あ、ああっ」

 今度は声を抑えきれなかったようだ。可愛い啼き声が耳を打ち、オレは眩暈がしそうなほど昂ぶった。
 このまま挿れてしまいたい。いや待て。まだ彼女のズボンも脱がしていない。
 スオウの言葉が甦る。曰く、愛撫はじっくり、早漏は問題外。

「どうにかなってしまいそうだ」

 かすれた声でつぶやくと、楓子が怯えたような目で見上げてきた。よほど野獣のような顔つきをしてしまったらしい。
 その時またさらに匂いがキツくなる。楓子をなだめたいのに、その余裕がない。

 形のいい乳房を揉みこみながら、頂きを二本の指でつまんでこねる。徐々に立ち上がってきたそれを、さらに側面をこすりあげるようにして愛撫した。

「や、だめシン、そこばっかり……っ」

 ――と、楓子は言うが、「それならば」とここでいきなり挿入したら嫌われる未来しか思い浮かばない。
 オレはもう片方のふくらみに唇を落とした。色づく先をゆっくりと舐め回して、口の中に含み甘噛みする。

「ひあっ! あ、シン……っ」

 楓子は体を震わせながら、枕の端をつかんでいる。そんなものよりオレのことをつかんでほしい。
 そう思いながら楓子を見上げると、彼女は瞳を涙で揺らしながら、そろそろとオレの肩に手を添えてきた。
 気持ちが伝わったのか。オレはとてつもなく感動したが、もしかしたら余程物欲しそうな顔をしていたのかもしれない。

 オレは胸への愛撫を続けながら、彼女のズボンを脱がしていった。ついでに彼女の上体を少し持ち上げて、ディールも全部脱がせてしまう。
 裸体の楓子は、蒼月の光に包まれて、妖精のように愛らしい。
 いかん。見つめていると、感激のあまり泣いてしまいそうだ。

「シン?」

 いつまでも見おろしているオレに、楓子はいぶかしげに首をかしげた。その仕草に、ついに理性を失ったオレは、そのまま彼女の唇を奪って、下肢に手を伸ばした。
 すべらかなももをてのひらで撫でてゆく。細い足だ。その先にあるやわらかくて熱い場所に、指先が触れた。

「んん……っ」

 口付けた唇の端から、楓子のくぐもった声が漏れる。
 割れ目の両側の、やわらかい場所を軽く揉むと、オレの肩に触れていた楓子の手に力が入った。
 そのまま割れ目に沿うように、力を入れないようにしてさすり上げる。それを何度も繰り返した。

 必要以上に優しくしないと、傷つける。
 楓子は傷ついてばかりだから、古い傷がすぐに口を開けてしまうのだ。

「楓子――」

 唇を離して、少し冷たくなっている彼女の耳たぶを口に含んだ。熱い舌でねっとりと舐め上げながら、下肢にある指を少しずつ割れ目の上の方に移動させてゆく。そして、そこに触れた時、楓子の全身が震えた。

「やぁっ、だめ、そこ」

「大丈夫だ、楓子」

 小さな珠をゆっくりと指の腹で撫でてゆく。

「やだ、こわい、やだ……!」

「怖くない。大丈夫だ」

 楓子の頭を抱きしめるようにして宥める。そうしてゆっくりと、下肢の尖りを撫でていった。次第にぬるみを帯びて、すべりがよくなってゆく。くちゅくちゅと淫らな音も混ざり始めた。

「あんっ……、や、きもちいいの、こわい……!」

 オレは楓子を安心させるように頭を撫でた。軽くキスをして、涙を零す楓子を見下ろす。

「気持ちいいことが、怖いものか。今は何もかもを忘れてしまえ。オレはおまえが好きだよ、楓子」

 楓子の目が潤み、また一粒、涙が零れ落ちた。
 オレはそれを唇で受けとめて、震える体を抱きしめる。

 楓子は小さな声で、言った。

「あたしも、シンが好き。シンのことだけが、好き――」

 オレは自分の野生に急ブレーキをかけた。その成果もあり、彼女を抱きしめる腕に少し力をこめるだけですんだ。

 シン「だけが」好き、という言葉は、蒼月の巫女という立場に置いて、意味が深い。

 充分に膨れてきた尖りの愛撫を続けたまま、指を蜜壺の中に入れてゆく。愛液がしたたって、抽送するたびに小さな水音が響く。

「ア……っ、や、ああっ」

 楓子の感じるところに擦りつけると、彼女からより高い声が上がる。抽送を続けたまま、花芯の輪郭を抉るようにして転がすと、さらに大きく楓子の体が震えた。

「あ、だめ、シン……っ!」

「いいよ、楓子」

 彼女の頭のてっぺんにキスを落としつつ、指を増やして奥まで穿った。びくんと楓子は大きく震えて、やがて脱力していく。

「……シン」

 ぽやーっとした目で見上げられると、たまらない。オレの指を締め付ける膣からそれを引きぬいた。オレは一度寝台から降り、腰ひもを解いてディールを脱いだ。ズボンにも手を掛けていると、相変わらずぽやーっとした目で楓子がこっちを見ているのに気づく。

「どうした」

「シンが離れちゃって、寂しいなって思って……」

「?!」

 これはどう考えても、楓子が悪い。
 オレはすぐさま彼女の上に舞い戻り、「ただいま」などと囁きつつ、ゆっくりと彼女の中に、固くなりまくった己自身をねじこんでいった。

 くそ。もう一度指でほぐしてからとか、舌で味わってからなど、性急に見えないやり方がいくらでもあっただろうに。

「あ――、んっ……」

 青い月光の下、楓子の体がなまめかしく震える。
 寄せられた彼女の眉間に、俺はそっとキスを落とした。

「楓子、可愛い」

 息を吐くようにそう言って、オレは最奥までひと息に穿った。
 声を上げてのけぞる白い喉をてのひらで撫で上げて、やわらかな唇に指の腹を這わせる。

 蜜壺の中をかきまわすように抽送して、時おり一番深いところで揺らすと、さらに楓子は啼き声を上げた。

「やぁ、っあ……!」

 胸を大きく揉みこんで、頂きをつまみ擦り合わせる。それから舌で愛撫を施し、空いた手を下に下ろしていった。
 オレを吞みこんでいる濡れきった場所をさすり、上の方の珠に触れる。それだけで、彼女の中がきつく締まった。

「っ――」

 思わず持っていかれそうになったところを、寸前で耐える。

「や、だめ、シンっ……!」

「――楓子」

 オレはギリギリまで引き抜いて、それからひと息に最奥を叩いた。同時に充溢した花芯を押しつぶす。楓子は高い声を上げて、オレをきつく締めあげた。もう一度、奥の膜に固い高ぶりを押しつけるようにして穿つ。同時に彼女の体がひときわ震え、そしてオレはその中に、昂ぶりを放った。

 オレの腕の中でぐったりしている背中を撫でる。こんなに幸せでいいのだろうか。きっとオレは今、人生で一番しまりのない顔をしているに違いない。

「シン……?」

 気をとり戻したのか、楓子が小さく身じろぎする。オレは彼女の頬を撫でた。

「まだ朝には早い。もう少し寝ていろ」

「うん」

 そう言って楓子は、鼻先をオレの裸の胸にすり寄せてくる。オレは煩悩という谷底に突き落とされる寸前である。

「明日は狩りに行ってくる」

 自分をごまかすために、どうでもいい話をした。

「鳥を狩るつもりだから、ひとりで行く。すぐに戻るが、楓子はクランから出るなよ」

「今日は鳥スープだね」

 嬉しそうに楓子は笑う。よし、30羽ほど狩ってこよう。

 しかしこの幸せは、ちょっとした事件のせいで中断されたのである。

 馬のいななきに、オレは目を覚ました。青い空を目に入れた直後、馬の長い舌にべろりと頬を舐められる。

「おい待て――なんだおまえは」

 袖で頬を拭きつつ立ち上がる。直後、後頭部から鈍い痛みが走った。てのひらを当てて確かめてみると、タンコブができている。

 黒毛の馬が、首をかしげながらこちらを見ていた。
 まったく見覚えのない馬だ。なのに、オレにずいぶんと懐いている様子だ。

 オレはあたりを見渡した。薄い色の青空、緑色の大草原に、そこを渡る風の匂い。
 そのただ中にあって、オレはただ、首をひねる。

「ここはどこだ?」

 そして――オレは、誰だ。