十四年ぶりに会った彼女は、まるで宝石のように美しかった。
本当は、弟のアレンに使者を任せず、自分が一番初めに彼女のもとへ乗り込みたかったくらいだ。
(アレンや家臣団から全力で止められたから、やめたけれど)
ずっとこの日を待っていたのだ。
十四年前、フランセットに初めて出会ったときから。
彼女の冴えたプラチナブロンドは、ふわふわとやわらかく弧を描き絶妙なバランスを生んでいる。健康そうなふっくらした頬は桃色に輝き、大きな瞳は空を写し取ったかのように澄んでいた。
ずっと彼女に恋い焦がれて。だから毎朝花を選ぶ行為は、メルヴィンにとって神聖なものですらあった。
あのころウィールライト王国の宮中は、まるで闇にのし掛かられているように重苦しかった。
煌めくようなフランセットの存在が、メルヴィンを支えていた。
(彼女に理想を押しつけ過ぎかな)
自分自身に苦笑する。それでも再会した彼女は、理想にたがわず、いやそれ以上に、輝いていた。メルヴィンはその時、二度目の恋をした。
「いいですか王太子殿下。き、き、キスをする時は事前にそう仰ってください。でないと困ります」
揺れる馬車の中、最大限に背中を壁にひっつけながら、警戒心丸出しでフランセットは訴える。
その様子を、「かわいいなぁ」と微笑ましく見つめながら、メルヴィンは首をかしげた。
「うん、わかったよフランセット。あなたの望むままに、原則的に、キスする時は事前に言うね」
「原則的に、というお言葉が引っかかるんですが」
「例外は許してくれないと。いきなり昂ぶってしまったら、事前宣告は無理だから」
「だ、だから! そういうのが! ふいうちのキスとか、そういうのがけしからんと、申し上げているのです!」
フランセットは湯気が吹き出そうなほど赤面している。うぶでかわいい。
数秒後に彼女は努力でなんとか平常心をとり戻したようで、息を落ち着かせながら、まっすぐにメルヴィンを見つめてきた。
「いいですか、王子殿下。大国の王太子たるもの、一時の煩悩に流されてはなりません。そんな王太子に、超大国の軍事力を握らせようとする者がどこにおりましょうか。勝手が過ぎると、次期国王の座から引きずりおろされるやもしれませんよ」
「あはは、フランセット。あなたは本当に」
メルヴィンは彼女を囲うように壁に両手をついて、目を見開くフランセットの唇を、下から掬い上げるように奪った。
「……っ、な、な、」
「かわいい唇をごちそうさま、賢いフランセット。僕はあなたのものになれて、幸せ者だよ」
「わっ、わたしは、こんなにもキラキラした大きなお荷物、抱えきれません!」
「それなら僕が、抱きしめてあげる」
メルヴィンはきゅっとフランセットを抱きしめた。
彼女からは、やわらかな花の香りがする。
「大好きだよ、フランセット。可愛い僕の花嫁。叶うならずっと、あなたの笑顔を一番近くで見ていたいな」
叶わない可能性など、これっぽっちも考えていないが。
「殿下は相当場数踏んでますよね?」
「僕が自分から愛の告白をしたのも、口付けたのも、あなたが人生で初めてだよ」
「持って回ったような言い方ですね」
「ひどいな、嘘をついているわけじゃないのに」
「ひどい……?! 今一度、ご自身の行動をぜひとも振り返って頂きたい!」
腕の中のフランセットは、なにやらぐるぐると反論を繰りかえしている。そんな彼女の香りとやわらかさは、メルヴィンをこの上なく幸せにしていたのだった。