12 王太子様の得意技

「で、殿下、いつのまにここへ?!」

「少し離れたところだけど、ずいぶんと前からいたよ。面白い会話だなと思って、ずっと聞いていたんだ。聞こえづらかったから、風に乗せてね」

「ずっと聞いていた……?!」

 フランセットは顔色をなくした。なんという厄介な能力だろう。
 一方で、蒼白を通り越して土気色になっているのはアレットである。

「えっ、なに、どういうことなの」

 混乱しすぎているようで、セリフが棒読み状態だ。メルヴィンは天使のような笑顔でアレットを見た。

「きみはアレット嬢だね。僕の妻の従姉妹の」

「はあ、あなた様の。えっ、ものすごく美形……!!」

「ありがとう。でも妻の花のような美しさには敵わないよ」

 とろけるように甘く言って、メルヴィンはフランセットを抱き寄せる。フランセットは「ぎゃあ!」と心の中で叫んだし、表情にも出していたが、メルヴィンはお構いなしの様子だ。海の色に映える綺麗な瞳で、フランセットを見つめてくる。

「迎えに来るのが遅れてごめんね、フランセット。あなたとアレットさんの会話がとても興味深くて、つい聞き入ってしまったんだ」

「できればすべて忘れてください、お願いします」

「僕のことを鮮度抜群の美形だと褒めてくれて、とても嬉しいよ」

「忘れてください」

「裏の世界の男というのも、なんだかカッコいいし」

「忘れて下さい」

「……。ウィール、ライト?」

 だいぶ遅れて、アレットがぽつりとそのキーワードを呟いた。土気色だった顔色が、みるみる赤くなっていく。

「ウィールライト王国の、王太子殿下……?!」

「うん。僕は大陸の半分を領地として掌握するウィールライト王国の国王の長男、王太子だよ」

 メルヴィンは実に爽やかに笑う。
 フランセットは確信した。メルヴィンは自分の容姿と肩書きの威力を知り抜き、そして最大限活用する男だと。

 そのメルヴィンが、綺麗な顔立ちをやわらかくしながら続けた。

「それで、フランセットが化粧を落としたらバケモノで、コルセットをとったらお腹がぶよんぶよんというのは、どういうことなのかな」

「そ、それは、言葉のアヤで」

「もしかしてきみは、僕の可愛い花嫁の悪口を言っていたの?」

「い、いえ、滅相もございません!」

「ああそうだ、フランセット」

「はっ、ハイ!」

 突然匙を向けられて、フランセットはびくっとなった。
 メルヴィンは切ないような表情で、フランセットの頬を撫でる。

「ごめんね、僕のせいであなたが嫁き遅れだと悪口を言われてしまったね」

「き、気にしていないので、大丈夫です」

 フランセットはチラチラとアレットに視線を向け「今のうちに逃げて」とサインを送った。けれどアレットは金縛りに遭ったように動かない。
 そこでふと、フランセットは、メルヴィンのセリフの違和感に気づいた。

「殿下のせいで、わたしが嫁き遅れになった……?」

「うん。だってフランセットは可愛いから、たくさんの男性から求婚を受けていたでしょう?」

 とてつもなく切なげな表情で、メルヴィンは言う。

「フランセットが誰かに奪われてしまうのではないかと、僕は心配で心配で、夜も眠れなくて。だからその男性たちに伝えたんだ。フランセットは僕のものだよって」

「?!」

 フランセットは絶句した。メルヴィンは切ない表情の中に、微笑を混ぜる。

「たいていはそれで身を引いてくれるんだけど、中には己をわきまえな……いや、情熱的な男性もいてね。そういう人たちには、他の頼み方をしたりしたんだけど」

 他の頼み方の中身を聞きたいような聞きたくないような気持ちにさせられた。

「というわけだから、アレットさん。これからはフランセットのことを、嫁き遅れだとかお腹だるんだるんだと言って、いじめないでもらえるかな? フランセットを悪く言われると、僕はとても悲しくなるんだ」

 悲しくなるんだと殊勝なことを言いながら、メルヴィンの双眸は全然悲しそうではなかった。今度いじめたら斬って捨ててあげるね、とでも言い出しそうな凄みのある微笑みである。

 アレットは引き攣った声を上げて、何度もぺこぺこと謝罪した後、侍女を連れて一目散に逃げていった。

 それからフランセットは、メルヴィンとレストランで昼食をとった。化粧室へ引っ込んで侍女に身繕いをしてもらいつつ、椅子の上でため息をつく。

(なんだか……ドッと疲れたわ……)

 せっかく海へ来たのに、アレットにイヤミを言われるわ、メルヴィンはあんな感じだわで、精神的にクタクタになってしまった。
 しかも、フランセットの縁談がことごとくうまくいかなかったのすら、メルヴィンの暗躍があったせいだなんて。

(あとでもう一度海を見に行って、癒やされてこようかしら)

 身繕いが終わり、鏡の中の自分を見る。容姿は昔から褒められることが多かった。プラチナブロンドの巻き毛と、アーモンド型の大きな瞳。頬はふっくらと薔薇色で、唇は何も塗らなくてもぷるりと潤っている。

(それでもあの王太子殿下の横に並ぶと、月とスッポンもいいとこだわ)

 メルヴィンは自分の綺麗な顔を見慣れているはずだ。それなのにフランセットをあそこまで褒める、その理由がさっぱり分からなかった。

 フランセットがレストランのホールに戻ろうとした時、中でメルヴィンと誰かの話し声が聞こえてきた。誰だろうとこっそり覗いてみると、メルヴィンは弟のアレンと楽しそうに談笑している。

(兄弟でお話ししているところを邪魔するのも、申し訳ないわね)

 もう少し化粧室にいようか。フランセットが踵を返そうとした時、気になる内容が耳に入ってきた。思わず足が止まる。

「ふうん、メルヴィンがわざわざここに寄った理由がそれ? 甘いっつーかなんつーか。そんなにイイものかね、女って」

 呆れ混じり、からかい混じりのアレン王子の声だ。

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