メルヴィンの手に、胸をつかまれている。体を抑え込まれて、突き当たりをきつく抉られた。
湯よりも自分の体の方が熱くなってしまったような錯覚に陥る。フランセットは縋るように、彼の腕を抱きしめた。
「あ、ァ……っ!」
「あなたの中の僕は、ひどく、優しいんだね」
「や、ぁあっ、深……!」
お湯が跳ねる。奥の膜をぐちゃぐちゃに抉られて、快楽で頭がおかしくなりそうだ。琺瑯の床を、踵が滑る。
まだ達(い)きたくない。
「っも、だめ……!」
「どうして我慢するの? イっていいんだよ」
「だ……って、殿下が、まだ」
胸を愛でるメルヴィンの手に、自身のそれを重ねる。息も絶え絶えに囁いた。
「もう、これ以上、ひとりでイきたくな……っ」
一緒がいい。
重ねた彼の手が、そのまま肌を伝って滑り落ちた。つなぎ目をなぞられて、フランセットの喉が震える。
「ひあ、あ……っ!」
「あなたのそういうところは、とてもかわいいと思うよ」
限界まで広がった襞を、指先でさらに開かれる。淫らに色づいた粘膜を、ゆっくりと撫でられた。
ぞくぞくした快楽が体を走り抜けていく。フランセットの意思に反して、両足に力がこもった。
「や……、いやぁ、殿下……っ」
「っでも、そういう思いは、僕に抱かれている時だけで、いい」
熱い吐息が、耳朶に触れる。そこに唇を押し当てられた。
それだけで、中が締まる。彼の形がまざまざと焼き付けられる。
「髪の一筋だって、晒したくない」
押し殺したような声だった。
「全部僕のものだ。そうでしょう?」
フランセットはゆっくりと目を見開いた。この時だけは、快楽を忘れた。
なにかを言わなければと思うのに、言葉が出てこない。思考がまとまる前に、中から揺すられた。
「待っ……、殿下、話を、しないと」
「こらえ性がなくて、ごめんね。でも安心して。なにも本気でそうしようと思っているわけじゃない」
彼の指がするりと上がって、膨れ上がった尖りに掛かる。フランセットの体が震えた。
「だめ、殿下……っ」
「これは僕の、ただの願望だよ。あなたの意に沿わないのは知ってる。だから、気にしないで」
「それは、ずるい――、ぁん……っ!」
輪郭を抉るように、指の腹で押し上げられる。別の指で表面を丸くなぞられたのち、ゆっくりと押しつぶされた。
毒のような快楽に、全身が埋もれていく。意思に反して体に力がこもり、フランセットは絡みつく彼の腕にすがった。
「っあ、あああっ!」
中から強く突き上げられ、視界が白く染まる。水面が大きく跳ねて、思考が断ち切られた。達したばかりの奥へ何度もねじこまれて、揺すり上げられて、外側の粒を弄ばれる。おかしくなってしまうくらい気持ちいい。その感覚しか、フランセットの体内に残らなかった。
耳に、メルヴィンの荒い吐息が触れる。
彼自身が震えたような気がした。
「フランセット」
少しずつ律動がやむ。たくましい両腕が絡みつき、きつく抱きしめられた。
フランセットは力の抜けた体を、背後の彼にくったりと預けた。お湯の中だというのに、メルヴィンの皮膚をひどく熱く感じた。
「僕を止めるのはあなただよ、フランセット。あなたの真っ直ぐな心が、僕を止めてくれるんだ」
優しい声だった。言葉自体は、どこか歪んでいるのに。
フランセットは、ぎこちなく首を横に振った。まだ体の感覚が戻ってきていない。
「やっぱり……メルヴィン様は、ずるい、です」
「だってフランセットが先に聞いたんだよ」
湯に広がるフランセットの髪を掬い上げて、メルヴィンは愛しげに唇を押し当てた。
「本当は、言うつもりなんてなかったんだ」
メルヴィンはフランセットの頬にキスをする。軽く舌で触れられて、フランセットは小さく身じろぎした。その時下腹部が擦れて、まだメルヴィンを咥え込んだままだと気づく。
恥ずかしさに、いっきに体温が上がった。
「で、殿下。あの、もう抜いてください」
「でも今日みたいに、大の男にもまっすぐに立ち向かっていくフランセットを見ていると、モヤモヤする。フランセットを蔑(さげす)まれたくないし、逆に感心したような目でも見られたくない。悪口も褒め言葉も、掛けられたくない。そうするためには、フランセットを宮の奥に隠しておくほかないでしょう?」
「ちょっと待ってください。なんですかそれは。わたしがつらく当たられるのを心配してくださっていたのではないのですか。それじゃあただのやきもちではないですか」
「うん」
メルヴィンは嬉しそうに笑った。背中から抱きしめられているので、彼の表情は見えない。
「そう、ただのやきもち。ごめんね」
「いえ、あの……なんとお答えしていいか。とりあえず落ち着かないので、抜いて頂けませんか」
「こういう御しがたい感情は初めてだ。けれど楽しんでもいるんだよ。だって全部がフランセットに向かう想いでしょう? ああもちろん、心配もしているよ。あなたを傷つけられたくないもの」
嫉妬心を楽しめるなんて、考えられない。メルヴィンの心臓は、鋼でできているに違いない。
いろいろと言い返したいことはある。しかしフランセットは今、それどころではなかった。
「大きくなっていませんか?!」
「恥ずかしがり屋なのに、そのストレートな物言い。かわいいよフランセット」
「無理です、もう無理!」
「どうして? 今夜はまだベッドの上で愛し合ってないよ」
「ご自分が今、どういう抱き方をしたと……!」
「疲れたなら、僕が回復させてあげるから」
「体力ではなく、精神力の問題です」
メルヴィンの体から温かい何かが流れ込んできた。鬱積した疲れがゆるゆるとほどけていく。
これはまずい展開だ。フランセットは青くなった。
「フランセットも、僕の嫉妬を楽しんで」
「楽しめません」
「好きな人からやきもちをやかれると嬉しいものじゃないの? 僕は嬉しいけどな」
メルヴィンはフランセットの頭にキスを落とした。
「あなたと一緒にいられて、僕は幸せだよ」
「ええ、ええ、わたしも幸せです、幸せですけれど……!」
それでもメルヴィンが、フランセットの意志を尊重してくれたのは、嬉しかった。
「やきもちを楽しんで」という言葉の裏側には、「僕の思いは気にしないでいいから、フランセットの自由にして」という真意があるのだと、分かったからだ。
「じゃあそろそろベッドに行こうか、フランセット」
メルヴィンは上機嫌の様子である。
五つも年下だからこんなに元気なのか、それとも生来の気質なのか。フランセットにはさっぱり分からい。
(とりあえず、総合的に見れば幸せなんだから、まあいいか)
ベッドに運ばれながら、フランセットは半ばあきらめの境地でそう思った。