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「おまえにはオレの目が青く見えるのだろう。だがそれは、楓子だけだ。他の者にとってオレの目は、何の変哲もない黒色をしている。さきほどの狼もそうだ」
「……それは、なぜ?」
「なぜ楓子なのか、なぜオレなのか、なぜ狼なのか。それはオレにもわからない。ただわかることは、この青い目を持つものは皆、楓子を狙うということだ。楓子の身を取りこもうとして、襲ってくる。だからおまえは、けっしてオレのそばを離れてはならない」

 あたしは無意識に、オウルの腹をなでていた。しっとり汗ばんだ黒毛が、現実感を持たせてくれる。
 冷静に、感情を乱さずにいること。
 嵐を抜けるためにそれが大事だから、忘れてはならない。
 あたしは震えるのどから声を絞りだした。

「青い目の人間は、シン以外にもいるの?」
「いる」

 短く、シンはこたえた。緊張感がはりつめた声だった。

「その中の数人を、オレは知っている。青い目に、栗色の髪をした男。そして、赤茶色の髪をした男。彼らを見たら、すぐにオレに言え。いいな楓子」
「……はい」

 あたしはぎこちなく頷いた。
 状況はすでに、あたし一人の手には負えなくなっている。望むと望まずにかかわらず、シンについていくしかなかった。

 宿の食堂で食事をとった。アルトゥさんがくれたような平べったいパンはベイズというらしい。それを1枚と、塩ゆでされた羊肉とニンジンを食べた。羊を初めて食べたが、噂に聞くような臭みはまったくなく、とてもやわらかい。
 飲み物はいつものティーツァではなく、お酒だった。ツァグアルヒといって、度数は高いけれど二日酔いはしないらしい。ちょっと匂いをかいでみたら強烈なアルコール臭がした。顔に寄せただけでクラクラする。

「こんなの飲めない。倒れちゃう」
「体が温まるぞ」

 シンは木製のコップで少しずつ飲んでいる。顔色は変わらないので、お酒に強いのかもしれない。あたしはお水を飲んだ。
 そろそろ窓の外は暗くなってきている。あたしはアルトゥさんの言葉を思い出した。

「そういえば、冬の星空はすごく綺麗だって、アルトゥさんが言ってた」
「ああ、別の国から来た旅人はみなそう言うな」

 お酒をのみつつ、シンは首をかしげる。もとからここに住んでいる人からすれば、特に珍しいものではないかもしれない。

「夜になったら見てもいい?」
「部屋の窓からならかまわない。外には出るな」
「危ないから?」
「それもあるが、夜はかなり冷える」

 もしかして、バナナで釘を打てたりするんだろうか。
 食事を終えて、あたしたちは2階の部屋に入った。今度はベッドが二つ置いてある。少しほっとした。
 部屋の真ん中にあるストーブに、シンが火をつける。この地方のストーブは、干し草のような懐かしい匂いがする。
 あたしがストーブにあたっていると、シンはベッドに腰かけて、ふーっと長い息をついた。顔を見ると、少し目が落ちくぼんでいる。相当つかれているようだ。
 あたしを前に乗せて馬を駆り、狼と戦って……きっとものすごく消耗したんだろう。

「先に寝ていいよ。あたしは星を見てから寝るから」

 気を遣っていうと、シンはチラリとこちらを見た。

「駄目だ。おまえよりもあとに寝る」
「……信用できないってこと? 外には出ないって約束する」
「おまえを信用するとかしないとか、そういう問題じゃない」

 そう言いながら、シンはこちらへ手をさしのべた。あたしはなんとなく、シンに近づく。すると彼は座ったまま、あたしの腰を抱きよせた。彼は長身だから、座っていても頭の先があたしののどのあたりにくる。