宿泊係がおずおずと近づいてきた。
「あ、あのお客さま。このたびは誠に申し訳なく……ありがとう存じます」
「ああ。オレたちももう、部屋に戻る」
「それでその、初穂の娘を買って頂けるというお話は……」
宿泊係はもみ手で愛想笑いを貼りつけている。さすが商魂たくましい。
シンは少し考えてから、いった。
「わかった、あの娘も買おう。だがこのままあの部屋で休ませてやれ。オレと彼女は、もとの部屋に戻る」
「は、はあ……。いいんですか?」
宿泊係はぽかんとしている。
あの少女に、あたしたちのやりとりは全部聞こえていただろう。でも最後までずっとうずくまり、顔を上げることはなかった。
*
「ひと晩の施しが、あの娘の糧(かて)になるかはわからないがな」
椅子に腰かけて、シンは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「どう受け取って、次に生かすかは、あの子次第だよ」
あたしは水差しを椀につぎ、シンの前に置く。しばらくシンは沈黙して、それから深い目であたしをじっと見た。あまりにも長く見つめられるので、あたしはごまかすように水をふくみ、椅子に座った。
「……何を考えている?」
突然問われて、面食らった。
「何をって……別に、なにも」
「あの娘を見て何を思った?」
「……どうしたの、急に」
「早くて明日の夜、あの娘は初穂を刈られるだろう。それについてもし、楓子が何か思うことがあるのなら――」
「ちょっと待って。いったい何?」
なぜか、心臓が早鐘を打ち始めた。
喉のあたりまで、せり上がってくるようだ。
二日酔いの気持ち悪さとは種類が違う。――苦しい。
「日本ではこういう施設はなかったから――あったけど、こういうところとは少しちがうから……だから、どう思うって言われてもわからないよ。可哀想だって思うのも、なんか違う気がするし。でも、あの子がここで生きてかなくちゃいけないのは、なんとなく、……わかる」
『なんとなく、わかる』?
あたしは自分の言葉に強烈な違和感を覚えた。
様子を見て何かを感じたのか、シンは表情をゆるめた。
「いや、すまない。おかしなことを聞いた。忘れてくれ」
「なにそれ。意味わかんない」
「すまない。体調が悪いんだったな。まだ朝まで時間がある。もう少し横になろう」
シンが立ちあがり、あたしに手を差しのべる。でもあたしはその手を取らなかった。
胸の中心で、嵐が渦を巻いている。どうしてだろう。自分でもわからない。心臓が波打つ。喉が苦しい。
―― どう受け取って、次に生かすかは、
―― あの子次第 ――
自分の言葉が渦を巻く。
自家中毒にかかったようだ。
体内にこびりつくアルコールとあいまって、眩暈がするほど気分が悪い。うめき声をあげて、体を折った。
「楓子?」
シンに覗きこまれる。青い目が、心配そうに揺れている。
あたしの中で、もう一つの声が、布を引き裂くような叫び声を上げた。
――どう思うか、なんて。
『 あなたが一番、知っているはずじゃない 』
渦が激流となって、あふれだした。
あたしはシンを突き飛ばし、立ちあがった。足もとで椅子ががらんと転がった。
シンは目を見開いた。
「すべて、話したわ!」
奔流のままに、シンに叩きつける。
「『あの時』、シンに、ぜんぶ!!」