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 宿泊係がおずおずと近づいてきた。

「あ、あのお客さま。このたびは誠に申し訳なく……ありがとう存じます」
「ああ。オレたちももう、部屋に戻る」
「それでその、初穂の娘を買って頂けるというお話は……」

 宿泊係はもみ手で愛想笑いを貼りつけている。さすが商魂たくましい。
 シンは少し考えてから、いった。

「わかった、あの娘も買おう。だがこのままあの部屋で休ませてやれ。オレと彼女は、もとの部屋に戻る」
「は、はあ……。いいんですか?」

 宿泊係はぽかんとしている。
 あの少女に、あたしたちのやりとりは全部聞こえていただろう。でも最後までずっとうずくまり、顔を上げることはなかった。

「ひと晩の施しが、あの娘の糧(かて)になるかはわからないがな」

 椅子に腰かけて、シンは自嘲めいた笑みを浮かべた。

「どう受け取って、次に生かすかは、あの子次第だよ」

 あたしは水差しを椀につぎ、シンの前に置く。しばらくシンは沈黙して、それから深い目であたしをじっと見た。あまりにも長く見つめられるので、あたしはごまかすように水をふくみ、椅子に座った。

「……何を考えている?」

 突然問われて、面食らった。

「何をって……別に、なにも」
「あの娘を見て何を思った?」
「……どうしたの、急に」
「早くて明日の夜、あの娘は初穂を刈られるだろう。それについてもし、楓子が何か思うことがあるのなら――」
「ちょっと待って。いったい何?」

 なぜか、心臓が早鐘を打ち始めた。
 喉のあたりまで、せり上がってくるようだ。
 二日酔いの気持ち悪さとは種類が違う。――苦しい。

「日本ではこういう施設はなかったから――あったけど、こういうところとは少しちがうから……だから、どう思うって言われてもわからないよ。可哀想だって思うのも、なんか違う気がするし。でも、あの子がここで生きてかなくちゃいけないのは、なんとなく、……わかる」

 『なんとなく、わかる』?
 あたしは自分の言葉に強烈な違和感を覚えた。
 様子を見て何かを感じたのか、シンは表情をゆるめた。

「いや、すまない。おかしなことを聞いた。忘れてくれ」
「なにそれ。意味わかんない」
「すまない。体調が悪いんだったな。まだ朝まで時間がある。もう少し横になろう」

 シンが立ちあがり、あたしに手を差しのべる。でもあたしはその手を取らなかった。
 胸の中心で、嵐が渦を巻いている。どうしてだろう。自分でもわからない。心臓が波打つ。喉が苦しい。

  ―― どう受け取って、次に生かすかは、
  ―― あの子次第 ――

 自分の言葉が渦を巻く。
 自家中毒にかかったようだ。
 体内にこびりつくアルコールとあいまって、眩暈がするほど気分が悪い。うめき声をあげて、体を折った。

「楓子?」

 シンに覗きこまれる。青い目が、心配そうに揺れている。
 あたしの中で、もう一つの声が、布を引き裂くような叫び声を上げた。

 ――どう思うか、なんて。

 『 あなたが一番、知っているはずじゃない 』

 渦が激流となって、あふれだした。
 あたしはシンを突き飛ばし、立ちあがった。足もとで椅子ががらんと転がった。
 シンは目を見開いた。

「すべて、話したわ!」

 奔流のままに、シンに叩きつける。

「『あの時』、シンに、ぜんぶ!!」