26

 頭が痛い。
 ハンマーで殴られ続けているようだ。
 涙があふれてくる。目の奥が痛くて、胸が苦しくて、どうにもならない。

「楓子――すまない、楓子」

 シンが苦痛の表情で、あたしを抱きよせようとする。それを振り払って、叫んだ。

「酷い――シン。シンなんて、大嫌い。大嫌いだ!」

 シンは立ちすくむ。
 絶望が色濃く彼の双眸に落ちた。

「楓子……オレは」

 シンはさまようように、言葉を絞りだす。

「オレは、ただ、おまえの記憶が戻ったのかと」
「何も覚えてない、知らない、思い出したくない」

 矢継ぎ早にいって、あたしは首をふる。ヒクヒクと、喉があえぐ。渦が喉に迫り、呼吸がままならない。手足が勝手にガクガク震えた。

「ああ……駄目。シン、苦しいよ。もう嫌だ。シン――」
「楓子」

 シンがふたたび、手を伸ばした。あたしはそれにすがりついた。

「シン――シン。抱きしめて。もっと」

 シンの両腕がきつく、あたしを抱きしめる。鋼のような胸に、頬が押しつけられる。シンの体も震えていた。あたしは彼の背中に手を回し、力をこめた。
 駄目。これだけじゃ、足りない。
 渦に呑まれる。溺れてしまう。
 あたしがあたしじゃなくなってしまう。

「シン、もっと抱いて。キスして。もっと近くに。あたしの中に――」

 シンが息を飲む。
 あたしは必死で、シンをかき抱いた。

「あたしのなかに、触れて」

 
 枷が外れたように、シンは激しく口づけた。
 そのままあたしを横抱きにしてベッドにおろし、覆いかぶさってくる。青く光る目が、狂おしいほどの感情を抱いて、あたしを見おろした。

「楓子――」

 かすれる声で名を呼び、再び唇を求めた。ねっとりとした舌が入りこみ、口の中を愛撫する。口の端から声がもれた。シンの指がもどかしく上衣のボタンをといていく。腰ひもを荒々しくほどき、中綿の下着と、ズボンだけになった。シンのゴツゴツした手が下着の下に入りこむ。素肌を這う熱い指に、肩が震えた。

 旅を続けるうちに、汚れてしまった下着はもう捨てた。この地方ではブラやショーツをつけない。最初はスースーして変な感じだったが、今はもう慣れた。
 けれどこういう時は怯んでしまう。何も覆うものがないふくらみに、シンのてのひらはすぐ辿りついた。

「あ……!」

 シンの手がこねるように、大きくもみこむ。腰がはね、下腹部の中心が熱くなる。シンの唇が首すじに移った。生き物のような舌が肌を味わい、時折きつく吸う。

「シン――シン」

 あたしはうわごとのように名前を繰りかえした。
 そのたびにシンは、あたしを落ち着かせるように優しく、頬やまぶたにキスを落とす。
 その間もシンの手は絶え間なく動き、胸の先を親指で優しくこねた。

「あ……っ!」

 下着をまくりあげられ、胸がこぼれる。そのまま下着を引きぬいて、シンの舌が胸のまわりをなぞるように這った。あたしの体は別の生き物のようにピクピクと震えた。

「ああ、楓子。とても綺麗だ」

 愛しむように胸を包み、唇にキスをする。シンの目が熱にうかされている。あたしの胸の渦はまだあって、胸を塞いでいる。その苦しさから逃れたくて、あたしはシンに手を伸ばす。

「シン――」

 その手を取り、甲に口づけて、シンはあたしの首すじに顔をうずめた。徐々にさがり、鎖骨にしるしをつけ、胸の先に辿りつく。赤く色づくそこをねっとりと口にふくんだ。

「や……! あ、んっ……」

 駆け巡る刺激に、あたしの腰がはねた。それをやわらかく押さえつけ、シンはさらに胸の先に舌をからめる。もう片方の頂きを、指先でつまむようにこねた。

「しん……っ」

 シンの鋼の髪に指を差し入れて、あたしは悶えた。下腹部が熱い。とろとろに溶けてしまいそうだ。
 シンは顔を上げ、あたしを見おろした。涙で視界がゆがんで、うまく見えない。でも、青い目に狂気といえるほどの炎が踊るのが見えた。
 濃密なキスの、呼吸の合間に、かすれた声でいう。

「愛してる、楓子――」

 疼痛が、体の中心を貫いた。
 それに応えるように、シンの手がズボンの中に侵入する。太ももを味わうようになで、その合間に、頬やまぶたにキスを落とす。そうして唇を深く味わうと同時に、すでに熱くなった割れ目を、シンの指が押し広げた。入り口付近をもみこむように、優しく愛撫する。じわりと広がる甘い刺激に、声がもれた。少し上にある固いところに親指が探るように辿りつき、やわらかく押しつぶす。電流が走り、腰が跳ねた。

「んっ、あ……! や、しんっ……!」

 シンはあたしのズボンを脱がし、さらにゆっくりと、指先で愛撫する。やがてとろとろになった蜜壺に、1本の指がくちゅりと侵入した。のけぞった喉に、シンの舌が這う。
 襞を撫で上げながらシンの指はゆっくりと奥へ辿りつき、内壁を軽くゆすった。

「ああ……っ! あ、んぁ……!」

 シンが苦しげな表情で、あたしの頬をなでた。

「痛くないか、楓子」
「ん……っ、いたく、ない……、でも、あっ!」

 ぐっとさらに奥を抉られる。指が増やされ、くちゅくちゅと水音がなるほどに嬲られる。
 熱い。
 体が自分のものじゃないみたいだ。
 あたしはシンの首にすがりつき、キスを求めた。ちゃんと自分はここにいると、感じたかった。

「シン――キスして、シン……」
「っ、楓子」

 シンは荒々しくあたしに口づけをする。そうしながらシンは自分のズボンを脱ぎ、張りつめたそれを秘所にあてがった。
 熱く、堅い感触に、あたしは肩を震わせる。

「あ、やっ……」

 シンが熱い腕であたしをきつく抱きしめ、先端がつぷりと襞を押しひろげた時、あたしの胸に渦巻いていたものがドクンと脈打った。

「……っ!」

 目を見開く。
 ベッドやふとんの感触が遠ざかり、あたりが闇に落ちた。ただ、あたしを抱きしめるシンの熱い体と、今にも入りこもうとしているそれの感覚だけがある。

  ―― 楓子。

  ―― 今宵は青い月が昇る。

 しわがれた老婆の声が、耳に響く。
 あたしは愕然と、身を震わせた。

  ―― 特別な夜だ。

  ―― 大神(オオカミ)様が、ご降臨になる。

 『 これを飲みなさい 』
 『 大丈夫。怖くないよ 』
 『 素晴らしいことなんだ 』

 素晴らしいことって、なに?

 幼い問いに返る言葉はなかった。
 あれは、ユーマ?
 どうしてこんな夜中に、ユーマがくるの?

 那岐(なぎ)はどこにいってしまったの。

 遊ぶのではないよ。
 大丈夫だから。

 しわがれた声で、老婆が言う。
 いつも優しいユーマが、苦しそうな顔をしている。
 どうして?

 『楓子。オレは今宵、『闘士』に選ばれた』

 ――嫌だ、やめて。
 怖い。
 怖い。

「あ、あ……!」

 ガクガクと、全身が震えた。
 自分がどこにいるのかわからない。
 『いつ』にいるのかわからない。

 シンの動きがとまった。

「楓子、どうした?」

 あたしを覗きこむ、青い目。
 狂気をはらむ熱源がある。
 知っている。見たことがある。

  ―― 青い月じゃ。
  ―― 言祝(ことほ)ぎを。
  ―― 蒼月(そうげつ)の巫女に、幸いを。

 『ユーマ、やめて』

 『痛い。痛いよ』

 それでも熱い楔(くさび)は何度でも打ちこまれ、けしてゆるされはしなかった、狂宴はいつまでも果てなく続くと思われた、彼の汗が、体液がひたひたと染みこんで、狂った熱があたしを抱きこみ、ひと晩中離さなかった。

「嫌ああっ」

 あたしは絶叫した。
 世界がバラバラに砕けて、暗闇にのまれた。