頭が痛い。
ハンマーで殴られ続けているようだ。
涙があふれてくる。目の奥が痛くて、胸が苦しくて、どうにもならない。
「楓子――すまない、楓子」
シンが苦痛の表情で、あたしを抱きよせようとする。それを振り払って、叫んだ。
「酷い――シン。シンなんて、大嫌い。大嫌いだ!」
シンは立ちすくむ。
絶望が色濃く彼の双眸に落ちた。
「楓子……オレは」
シンはさまようように、言葉を絞りだす。
「オレは、ただ、おまえの記憶が戻ったのかと」
「何も覚えてない、知らない、思い出したくない」
矢継ぎ早にいって、あたしは首をふる。ヒクヒクと、喉があえぐ。渦が喉に迫り、呼吸がままならない。手足が勝手にガクガク震えた。
「ああ……駄目。シン、苦しいよ。もう嫌だ。シン――」
「楓子」
シンがふたたび、手を伸ばした。あたしはそれにすがりついた。
「シン――シン。抱きしめて。もっと」
シンの両腕がきつく、あたしを抱きしめる。鋼のような胸に、頬が押しつけられる。シンの体も震えていた。あたしは彼の背中に手を回し、力をこめた。
駄目。これだけじゃ、足りない。
渦に呑まれる。溺れてしまう。
あたしがあたしじゃなくなってしまう。
「シン、もっと抱いて。キスして。もっと近くに。あたしの中に――」
シンが息を飲む。
あたしは必死で、シンをかき抱いた。
「あたしのなかに、触れて」
*
枷が外れたように、シンは激しく口づけた。
そのままあたしを横抱きにしてベッドにおろし、覆いかぶさってくる。青く光る目が、狂おしいほどの感情を抱いて、あたしを見おろした。
「楓子――」
かすれる声で名を呼び、再び唇を求めた。ねっとりとした舌が入りこみ、口の中を愛撫する。口の端から声がもれた。シンの指がもどかしく上衣のボタンをといていく。腰ひもを荒々しくほどき、中綿の下着と、ズボンだけになった。シンのゴツゴツした手が下着の下に入りこむ。素肌を這う熱い指に、肩が震えた。
旅を続けるうちに、汚れてしまった下着はもう捨てた。この地方ではブラやショーツをつけない。最初はスースーして変な感じだったが、今はもう慣れた。
けれどこういう時は怯んでしまう。何も覆うものがないふくらみに、シンのてのひらはすぐ辿りついた。
「あ……!」
シンの手がこねるように、大きくもみこむ。腰がはね、下腹部の中心が熱くなる。シンの唇が首すじに移った。生き物のような舌が肌を味わい、時折きつく吸う。
「シン――シン」
あたしはうわごとのように名前を繰りかえした。
そのたびにシンは、あたしを落ち着かせるように優しく、頬やまぶたにキスを落とす。
その間もシンの手は絶え間なく動き、胸の先を親指で優しくこねた。
「あ……っ!」
下着をまくりあげられ、胸がこぼれる。そのまま下着を引きぬいて、シンの舌が胸のまわりをなぞるように這った。あたしの体は別の生き物のようにピクピクと震えた。
「ああ、楓子。とても綺麗だ」
愛しむように胸を包み、唇にキスをする。シンの目が熱にうかされている。あたしの胸の渦はまだあって、胸を塞いでいる。その苦しさから逃れたくて、あたしはシンに手を伸ばす。
「シン――」
その手を取り、甲に口づけて、シンはあたしの首すじに顔をうずめた。徐々にさがり、鎖骨にしるしをつけ、胸の先に辿りつく。赤く色づくそこをねっとりと口にふくんだ。
「や……! あ、んっ……」
駆け巡る刺激に、あたしの腰がはねた。それをやわらかく押さえつけ、シンはさらに胸の先に舌をからめる。もう片方の頂きを、指先でつまむようにこねた。
「しん……っ」
シンの鋼の髪に指を差し入れて、あたしは悶えた。下腹部が熱い。とろとろに溶けてしまいそうだ。
シンは顔を上げ、あたしを見おろした。涙で視界がゆがんで、うまく見えない。でも、青い目に狂気といえるほどの炎が踊るのが見えた。
濃密なキスの、呼吸の合間に、かすれた声でいう。
「愛してる、楓子――」
疼痛が、体の中心を貫いた。
それに応えるように、シンの手がズボンの中に侵入する。太ももを味わうようになで、その合間に、頬やまぶたにキスを落とす。そうして唇を深く味わうと同時に、すでに熱くなった割れ目を、シンの指が押し広げた。入り口付近をもみこむように、優しく愛撫する。じわりと広がる甘い刺激に、声がもれた。少し上にある固いところに親指が探るように辿りつき、やわらかく押しつぶす。電流が走り、腰が跳ねた。
「んっ、あ……! や、しんっ……!」
シンはあたしのズボンを脱がし、さらにゆっくりと、指先で愛撫する。やがてとろとろになった蜜壺に、1本の指がくちゅりと侵入した。のけぞった喉に、シンの舌が這う。
襞を撫で上げながらシンの指はゆっくりと奥へ辿りつき、内壁を軽くゆすった。
「ああ……っ! あ、んぁ……!」
シンが苦しげな表情で、あたしの頬をなでた。
「痛くないか、楓子」
「ん……っ、いたく、ない……、でも、あっ!」
ぐっとさらに奥を抉られる。指が増やされ、くちゅくちゅと水音がなるほどに嬲られる。
熱い。
体が自分のものじゃないみたいだ。
あたしはシンの首にすがりつき、キスを求めた。ちゃんと自分はここにいると、感じたかった。
「シン――キスして、シン……」
「っ、楓子」
シンは荒々しくあたしに口づけをする。そうしながらシンは自分のズボンを脱ぎ、張りつめたそれを秘所にあてがった。
熱く、堅い感触に、あたしは肩を震わせる。
「あ、やっ……」
シンが熱い腕であたしをきつく抱きしめ、先端がつぷりと襞を押しひろげた時、あたしの胸に渦巻いていたものがドクンと脈打った。
「……っ!」
目を見開く。
ベッドやふとんの感触が遠ざかり、あたりが闇に落ちた。ただ、あたしを抱きしめるシンの熱い体と、今にも入りこもうとしているそれの感覚だけがある。
―― 楓子。
―― 今宵は青い月が昇る。
しわがれた老婆の声が、耳に響く。
あたしは愕然と、身を震わせた。
―― 特別な夜だ。
―― 大神(オオカミ)様が、ご降臨になる。
『 これを飲みなさい 』
『 大丈夫。怖くないよ 』
『 素晴らしいことなんだ 』
素晴らしいことって、なに?
幼い問いに返る言葉はなかった。
あれは、ユーマ?
どうしてこんな夜中に、ユーマがくるの?
那岐(なぎ)はどこにいってしまったの。
遊ぶのではないよ。
大丈夫だから。
しわがれた声で、老婆が言う。
いつも優しいユーマが、苦しそうな顔をしている。
どうして?
『楓子。オレは今宵、『闘士』に選ばれた』
――嫌だ、やめて。
怖い。
怖い。
「あ、あ……!」
ガクガクと、全身が震えた。
自分がどこにいるのかわからない。
『いつ』にいるのかわからない。
シンの動きがとまった。
「楓子、どうした?」
あたしを覗きこむ、青い目。
狂気をはらむ熱源がある。
知っている。見たことがある。
―― 青い月じゃ。
―― 言祝(ことほ)ぎを。
―― 蒼月(そうげつ)の巫女に、幸いを。
『ユーマ、やめて』
『痛い。痛いよ』
それでも熱い楔(くさび)は何度でも打ちこまれ、けしてゆるされはしなかった、狂宴はいつまでも果てなく続くと思われた、彼の汗が、体液がひたひたと染みこんで、狂った熱があたしを抱きこみ、ひと晩中離さなかった。
「嫌ああっ」
あたしは絶叫した。
世界がバラバラに砕けて、暗闇にのまれた。