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 あたしは食い下がる。
 シンの意見にここまで反論したのは初めてかもしれない。
 どうしてだろう。那岐、という弟の存在のせいだろうか。顔も覚えていないのに。
 シンが表情を険しくして、さらに言葉を続けようとしたとき、スオウがぱん、と手を打った。

「わかったわかった、オレが悪かった。いいぜシン。その作戦でいこう。オレだってあのオス餓鬼にあれ以上暴れてほしいわけじゃない。だからこそ、月が青くならない日を選んだんだ。もとより楓子をアスカに会わせるつもりなんてなかったさ」
「あの……。さっきからアスカっていう人が結構な言われようなんですけど、ちょっと危ない人なんですか?」

 あたしの疑問に、男2人は沈黙した。お互いなんとなく目を合わせたりしている。……怪しい。
 スオウが陽気な声でいった。

「おいおい、よそよそしいじゃねえか楓子。前みたいに普通に喋ってくれよ。淋しくなっちまうぞ」
「ああ、それについては同感だ。楓子、こいつは丁寧語で喋るべき人間じゃない。どちらかというと、人間よりも獣に近い男だ」
「そうそう、けど送り狼にはならないぞ、紳士だからな」
「おまえのどこが紳士だ。そんな無造作にメシを食う紳士がいるか」

 なんかちょっと、仲良くなってる。
 あたしは首をかしげた。

「じゃあ、えっと……スオウ。なんだかんだ言っても、シンと仲がいいんだね。シンのこういうとこ、初めて見た」
「はは、オレはこいつのこと気に入ってるけどこいつはオレのこと大っ嫌いだと思うぞ」
「まったくもって否定するべきところがないな」

 ……とりあえず作戦は、スオウがおとりでシンとあたしが那岐と女の人を助ける、という感じでいいんだろうか。
 あたしは水を口に含みつつ、空を見上げた。
 この星空を見ると、宇宙に繋がっていると実感する。無数の輝きの間で、少しだけ欠けた月がひとつ、ぷかりと浮かんでいた。

 翌日もまた駆けて、野営をした。2日連続の野営はさすがに体が痛くなる。シンとスオウは交代で火の番をしているから疲れているはずなのに、全然平気みたいだった。

「多数相手ってことはまあ、夜襲だな」

 眼下に落ち窪む谷を馬上から見おろして、スオウがいった。彼の狼たちが谷に向かって低く唸り声を上げている。
 目の前は崖だ。オウルの上からおそろおそる覗きこむと、10メートルほど下に広い岩場があり、1本の巨大な亀裂が走っていた。亀裂の底は暗くて見えない。

「今夜は満月だし、火がなくても見えるだろ」
「オウルに乗っていくの?」
「いや、置いていく。さすがに狼が多すぎる」

 シンは馬上からおりて、あたしに手を差しのべた。あたしを下ろしながら、いう。

「本当はおまえも連れていきたくない。でもひとりで残すには心配だ」
「いつでも護衛を呼ぶぜ。リオウかユーマの二択だがな」

 スオウを無視して、シンは刀と弓矢を確かめている。
 彼に会った時から、シンはピリピリしている。怖いくらいだ。
 あたしは不安になって、シンの太い腕に触れた。

「シン。大丈夫?」
「……ああ。すまない。大丈夫だ」

 シンはあたしの腰を引き寄せて、頭のてっぺんにキスを落とした。
 スオウが見ているのに、全然気にしていない。赤くなっているのはあたしだけだ。スオウがからかいの言葉を投げてくると思ったが、意外にも無反応だった。

「ここで夜を待つ。腹ごしらえでもして、英気を養おうぜ」