「楓、産まれたよ!」
頬を赤くして、息を切らせながら、リオウがゲルに飛びこんできた。
繕(つくろ)いものの手を止めて、わたしは立ちあがる。
「本当?!」
「うん、ほんとについさっき。こっちだよ、早く!」
リオウがわたしの手を引っ張って、外へ連れ出した。
どこまでも広がる色の濃い草原と、心地よい風が迎えてくれる。3つとなりのゲルにはすでに、人だかりができていた。
「うわあ、可愛い」
わたしは上気する頬を両手で押さえ、スースー眠る赤ちゃんを見おろした。赤らんでむくんで、ぷにぷにしている。たまに指や眉間が動いて、「きゅるるー」という不思議な声が漏れる。
「可愛い可愛い可愛い。ほら見てリオウ、すっごく可愛い」
「あー、うん、まあ可愛いといえば可愛いけど、噂ほどじゃないっていうか」
リオウがあいまいな返事をする。そして小さく、サルのおじいさんみたい、とこぼした。これだからリオウは全然わかってない。
先に来ていたトウリが、うっとりと微笑んだ。
「小さくて可愛いなぁ。オレもいつか、自分の赤ちゃんが欲しいよ」
「トウリならいいお父さんになれそう。リオウとちがって」
「それはオレも同感」
リオウがしたり顔でうなずく。自分で自分をよくわかっているようだ。
「2人とも、そろそろ出るぞ。もうすぐおっぱいの時間らしい」
いつのまにかユーマが後ろに来ている。しかも、いつも真面目な口から「おっぱい」なんていう単語が出てきた。わたしたちは思わず顔を見あわせて、笑ってしまった。
「なっ、なんだ。ここにいると迷惑だと言っているんだ。他の人たちはみんな出たぞ。早く行こう」
「はーい。お疲れさま、ヨリさん!」
出産後の母親に手を振ると、優しく振りかえしてくれた。昨日の昼から続いた難産だって聞いたけど、元気そうでよかった。
外に出て、伸びをする。家畜と草の匂いが鼻孔をくすぐった。
「あー可愛かったな。毎日見に行っていいいかな」
「邪魔にならないようにするんだぞ」
「そんなに可愛かったかなぁ……」
リオウはまだ首を傾げている。トウリがふと気づいたように、わたしを見た。
「楓子は女の子だからいつかは赤ちゃん産むんだろ? どんな子が産まれるんだろう。楽しみだな」
「ああ、そういえば楓って女の子だっけ」
「む。失礼な」
睨んでもリオウはどこ吹く風だ。トウリは困ったように苦笑している。彼は背がそんなに高くないし、体格もいい方じゃない。でもいつも穏やかで、優しい。
ユーマがいった。
「ああそうだな。楓子、大人になったら君も産める。スオウが言っていた。好きな男と添い遂げて、赤子を産むのが女の幸せだって」
「……ああ、うん。まあ、いつかね」
わたしはあいまいに濁して、ごまかすようにリオウを睨みつけた。
「それにしてもリオウ、わたしはどっからどう見ても女でしょ。さっきの訂正してよ」
「えっ、いや、だってさー。楓はオレより足早いし、力も強いし」
「リオウが軟弱なだけでしょ」
ぷいっと横を向く。
わたしは今年17歳で、リオウは一つ下の16歳だ。男の16歳といったら力がめきめき強くなるころのはずなのに、リオウは細身で背も高くない。同じ歳のトウリよりも華奢だ。顔も女の子みたいに可愛い。そこだけちょっと悔しい。
「オレは別に強くなんなくてもいーの。ウチにはスオウ兄さんっていう猛者がいるんだし」
「しかし狩りくらいは一人前にこなしてもらわないと困る。おまえ昨日もうまいことサボってただろう」
「オレひ弱だし」
リオウは口八丁でごまかしている。いつもの光景に戻ってわたしは内心ほっとした。
「わたし、繕い物の途中だったの。那岐が上衣(ディール)破っちゃって。続きやってくるね」
2人に手を振って、わたしは方向転換した。繕いものをしていたのは本当だ。でもそれは、余り布で手拭いを縫っていただけで、今すぐやらなければならないことじゃなかった。
( 楓は女の子だからいつかは赤ちゃん産むんじゃない? )
速足で歩きながら、うつむいて唇をかんだ。
今年、17歳になる。
でもわたしにはまだ、初潮がきていない。