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 スオウの怒りは凄まじいものだった。
 一族の中で最も強靭とされる力で、何度もアスカを殴りつけた。アスカは幻術を操るための、少しの集中も許されなかったようだ。素手でスオウに敵うはずもなく、一方的に制裁を受け続けた。

「――投獄する」

 転がるアスカを見おろし、スオウが低く言い放つ。

「沙汰が降りるまで、鉄獄の中に入ってろ」

 鉄獄とは、獣化人(じゅうかびと)を一時的に閉じこめておく檻だ。鉄は幻術を阻む。集落の一番奥の、ゲルの中に隠されている。
 アスカが燃え滾る両眼で、スオウを睨み上げている。そのアゴを蹴り上げて、もんどりうって倒れるアスカの両腕を引っ掴み、縄で縛りあげた。蹴りたてるようにゲルの外へ出て、やがてスオウだけがまた中に戻ってきた。
 わたしはその間、指一本すら動かすことができず、裸身のまま敷物の上に転がっていた。

「楓子」

 スオウがあたしの横に片膝をつき、頬をぬぐう。上衣を脱ぎ、それで体を包んで、そっと抱き上げた。スオウの上衣が肌をこすり、身震いする。

「すまない。――オレの責任だ」

 スオウの声は、激しい悔恨に満ちていた。
 壊れ物を扱うようにそっと、寝台に降ろされる。シーツをかけられ、スオウの武骨な手が、髪を撫でた。

「手当をさせよう。側使えの女たちを呼んでくる」
「……なぎ」

 ぽつりと、言葉が零れた。
 スオウの動きが止まった。

「那岐はどこ? 那岐はどこにいってしまったの」
「楓子。那岐は――」
「那岐」

 かすむ視界にまた、涙があふれた。
 まぶたが赤く腫れて、痛い。

 無性に、那岐に会いたかった。
 一緒に連れていってほしかった。
 この場所から。
 この一族から。

 わたしは人間じゃない。
 巫女という名の、奴隷だった。

 それからわたしは3日間寝込んだ。
 その間に、スオウやリオウ、ユーマが様子を見に来てくれたけれど、まともに相手をできなかった。彼らがどういう表情をして、何を語ったか、あまり覚えていない。
 その後寝起きできるようになったが、気分は鬱々と沈みこみ、なんでもないことで涙を流した。たとえば、風の音が聞こえたとか、水が冷たすぎたとか、そういった些細なことで。

 次の蒼月の夜はスオウが訪れた。わたしの体を気遣って、慎重に抱いた。彼は甘く巧みで、鍛えられた外見とは裏腹に優しかった。
 スオウの指と舌で一度達したあと、さらに彼の肉棒を呑みこんで、わたしの体は再び高みへ昇りつめた。

「あ、ああっ。――ん、」
「――くっ」

 低くうめき、スオウはわたしの膣に精を放つ。わたしの意志とは関係なく、襞がきゅうと収縮し、もっと、とでもいうように、彼の肉棒を扱いた。それに反応し、またスオウのものが熱く、大きくなる。

 ――男の体には慣れきってンだろ。

 アスカの声が耳朶をうつ。
 恐怖で全身がビクリ強張った。

「――ちッ」

 スオウが小さく舌打ちして、固いままの杭を無理やり引きぬいた。膣が物欲しげにヒクヒクとうごめく。わたしはどうなってしまったんだろうか。意志と胎内がまったく別の生き物のようだ。うねり、蠢く何かに体が?みこまれそうで、怖い。

「楓子、大丈夫か」

 スオウが見おろした。どうやったのかしらないが、彼の剛直は収まったようだ。わたしはかすれる声で、こたえる。

「大丈夫……今は」
「傷は――まだ、あるな。薬はつけてるか?」
「夜の分は、まだ」
「塗ってやる」

 スオウは立ち上がりズボンをはいた。小さい卓から小瓶を持ってきて寝台に腰かける。裸身で横たわるわたしの腕を取り、乳白色の軟膏を塗りこんでいく。
 傷跡はあちこちにあった。そのほとんどが、噛み傷と切り傷だ。アスカが歯と爪を、素肌に幾度も突き立てた。

「酷いな」

 眉をきつく寄せて、スオウがいう。腕を塗り終え、鎖骨から胸にかけて、双丘を避けるようにして、大きなてのひらがなぞってゆく。情事の余韻が残る素肌に男の手が這い、心地よい刺激になる。

「痛かっただろう」

 腹部、腰。燭台の炎が、赤く傷ついた肌を照らす。太ももをたどり、それからスオウは腰を抱いて、うつぶせにさせた。
 背中は自分では見えないけれど、世話をしてくれている人たちが言うには、傷がたくさんあるらしい。

「信じられないな。こんな柔い肌を傷つけることのできる男がいるなど」

 背中をなでるスオウの手が、熱を帯びる。ジリジリと、焦げるような怒りが伝わる。
 彼は、アスカを『闘士』にすることに、最後まで反対していたという。けれど、それを無理やり押し通したのが長老たちだった。だからこうなったのはスオウのせいだなんて思ってない。でも彼は、誰よりも責任を感じているようだった。

「よし、できた。悪いが残りは自分で塗ってくれ」

 背中とふくらはぎを塗り終えて、スオウは苦笑をにじませながらいう。胸とお尻と、内ももがまだ手つかずだ。

「まだ夜は長い。オレが隣にいると安心して眠れないだろう。もう出ていくから、ゆっくり休め」

 わたしの髪をかき上げながら、スオウは言う。
 その手が離れた時、わたしは彼のそれをつかんでいた。

「まって」

 ぎゅ、と力をこめる。スオウは驚いたように目を開いた。
 上衣を脱いだままのスオウの胸板は厚く、鍛え上げられている。部族一強い男。わたしは彼の青い目を見た。自分が何をしているのか、わからなかった。アスカに蹂躙された夜以来、わたしの中で何かが変わり、蠢いている。その何かが、わたしの体を勝手に動かしている。
 わたしはスオウの手をにぎったまま上体を起こした。夜気にさらされて白い、自分の双丘に、彼のてのひらをゆっくりと持っていく。

「っ、楓子」

 苦しげに、スオウが眉を寄せた。スオウの広いてのひらでふくらみを押し潰し、もう片方の腕で、彼の首を抱きしめた。

「いかないで――スオウ」

 スオウの体が強張る。彼の耳朶に唇を触れさせて、囁いた。

「もう一度、抱いて」

 そしてわたしを愛して。
 あの男から、守って。

 わたしの体を動かしているのは、もっとも単純で、根源的なもの。

 ――恐怖だった。

「あ、ああっ! ん、スオウ……っ」

 濃密な空間が、再び熱を帯びた。
 わたしはスオウの膝の上で幾度も揺さぶられ、嬌声をあげる。彼の体にしがみつき、時に自分で腰を揺り動かした。

「ひぁ……っ!」

 つながったまま、スオウの指が、花芯を剥いてすりつぶした。熱く激しい口づけが繰りかえされる。両腕でお尻をぐっとつかまれて浮きあがる。肉棒が引きぬかれるギリギリの高さから、ぐっと押し下げられ、さらに奥へ打ちつけられた。

「あ、ああっ! スオウ、っ、ん、もっと……ああっ」
「楓子」

 呻くように言い、スオウは自身を引きぬいてわたしを押し倒した。そのままくるりと横向きにし、後ろから指を3本、突き入れる。膣の中をかきまわされ、じゅくじゅくと卑猥な音が響く。もう片方の腕は寝台とわたしの体の間に侵入し、赤く立ちあがった乳首をこねまわす。
スオウの剛直はわたしの内ももに挟まり、ドクドクと脈打っていた。

「やぁ……っ! あ、あ、んっ」
「――それで、オレを陥落させてどうする気なんだ、楓子」

 かすれた声で低く、スオウが囁く。
 わたしの中がきゅうっと締まり、スオウの指をくわえこむ。

「あ、ああ、スオウ――キスして、スオウ……っ」

 熱く濡れた唇が、覆いかぶさるようにして押しあてられる。スオウに求められるがままに舌を差しだし、ねっとりとからませる。その間にも、中に侵入した指たちは、それぞれ意志を持つかのように蠢いている。

「おまえの肌はやわらかい。それにこの匂い――」

 スオウは首すじに顔をうずめ、キスをした。
 そして息をつめるように、沈黙したあと、指を引きぬいた。

「あ……っ」
「――これでおしまいだ。これ以上は駄目だ。こんなことをしなくても楓子、オレはおまえをちゃんと守ってやる。族長として、必ず――」

 低く、スオウはいう。青い目が耐えるように熱を帯び、わたしを見つめている。

 ――族長としてだけじゃ、だめ。
 それだけじゃ足りない。

「埋めて」

 わたしの恐怖を。
 気が狂いそうなほどの、蒼い夜を。

「スオウを、わたしに、ちょうだい」

 寝台に横たわったまま、手を伸ばす。指先が震える。あの恐ろしい男よりも、強い男。スオウの表情が、苦しげに歪んだ。

「――くそ」

 何かに抗うように呻いたのち、彼は荒々しく、わたしを抱きよせた。

「馬鹿だ、おまえは」

 そして、すべてを奪いつくすように、口づけした。