51

 トウリが『獣化』の果てに、死んだ。
 わたしは確信している。
 今以上の地獄なんてどこにもない。

「狼の檻に単身乗りこむなんざ、いい度胸じゃねぇか」

 ゆっくりと、鍵を差しこむ。――震えるな。
 怖くない。なにも怖くない。
 トウリはもっと、怖かったはずだ。

「アスカこそ後悔しているんでしょう? わたしを乱暴に扱ったせいで、こんなところにひと月以上、入れられて」

 鍵を回し、扉を開けた。
 アスカは動かない。わたしの動きを、じっと見ている。

「今夜は、蒼月だよ」
「知っている。ゲル中、おまえの淫乱な匂いに満ちてる」
「……。わたしが、解放してあげる」

 一歩、牢獄内に入る。

「長老たちは、アスカが『闘士』に戻ることを望んでいるけれど。族長と、リオウとユーマが反対してるから、アスカはここから出られない」
「そうだろうな」
「でもわたしがあなたを『闘士』に望めば、状況は一変するわ」
「それをおまえがするのか?」

 アスカは訝しげに眉を寄せた。わたしはうなずく。

「うん、そうよ。アスカをもう一度、『闘士』に迎え入れるわ」
「――何があった?」

 アスカの目が鋭く光る。
 わたしは体の横でぐっと、両の拳を握りしめた。

「なにも。ただ、巫女としての義務をまっとうしようと思っただけ」

 アスカは注意深く、わたしを観察している。
 彼の視線に曝されることは、何よりも恐ろしい。震えを抑えるように、自分の両腕で体を抱く。アスカが口の端で笑った。

「ガタガタじゃねぇか。なるほどな。『獣化人』でも出たか」
「……っ。ち、ちが」
「いいぜ。抱いてやるよ。こっちに来い」

 座ったまま、アスカは右手を差しのべる。この手を、自分で取らなくてはならない。きつく眉を寄せて、息を吸いこんだ。

「最近やっと、あなたにつけられた傷が綺麗になったところなの。でももし、もう一度、同じように傷がついたらみんなが怒るわ。アスカを『闘士』に戻すことが、難しくなる。だから乱暴なことは、しないで」
「ふっ、いろいろ考えるなおまえ。ただの阿呆女だと思ってたが、まあ、単身で檻に入ってくるようじゃ、まだまだ頭は弱いか」
「約束して」
「悪いが、女を優しく扱ったことなんざ一度もない。おまえのいう『乱暴』のレベルがどんなんだか知らねぇが、いいだろう。おまえの勇気に免じて、できる限り丁重に扱ってやるよ」

 青白い指先をのばす。小さな燭台が、鉄柵の外で揺れている。ここにはストーブさえない。吐く息が白く舞う。もう少しでアスカの手に触れる、という距離で、無意識に動きが止まった。瞬間、強い力で手首を引かれ、アスカの膝の上に倒れこんだ。

「あ――」
「ずいぶんと着こんでるんだな。もう雪は降ったか?」
「まだ……、っん」

 アスカは片膝を立てたまま、わたしを足の間に落とし、後ろから抱きしめた。
 毛皮を縫いつけたぶ厚い上衣の上から、やわやわと胸をもむ。
 ――嫌だ。
 おぞましさに体が震える。けれど双丘の肉は、アスカの指に応えるように自在に形を変え、ゆるやかな刺激を感じ始めている。

「あっ……ふ」
「ずいぶん大きくなったな。さぞかしあいつらに可愛がってもらってンだろ。誰が一番お気に入りなんだ? ユーマか?」
「そ、んなの、考えたこともな――、ひぁっ」
「嘘つくなよ」

 上衣の上から、きゅうっと乳首をつままれて、わたしの口から嬌声が上がった。感じたくないのに、感じてしまう。わたしは自分の体を呪った。
 腰の帯が引きぬかれ、上衣のボタンをすべて外される。アスカの指がわたしの髪をかき上げて、ねっとりと耳に舌をからませた。

「……っぁ、や……っ」
「嫌いな男に嬲られて悦んでんじゃねえ。いやらしい女だな」
「ちが……、ひっ――」

 背中に固く屹立するものが当たり、血の気が引く。アスカはわざとらしくそれをこすりつけてきた。

「早く入れてほくてたまらないんだろ」
「アスカ……!」

 顔だけ後ろに向けて、苦々しく睨みつける。アスカの表情は飄々として笑みさえ浮かべているが、青い目の奥は狂気の炎が踊っていた。
 背筋がゾクリと粟立つ。

「難しいな、優しくするってのは」
「ぁ、だめ……っ」

 下へ伸びるアスカの手を、わたしは思わず両手で押さえた。けれどあっさりと彼の手はズボンの中に入りこむ。アスカの二の腕をつかむが、抵抗にすらならない。

「馬鹿かおまえは。ここに入れるんだろうが」

 二本の指でふにふにと、恥丘をもむ。そのもどかしい動きに、思わず腰が浮いた。アスカの腕に縋りつくように、頬を押しあてる。

「ん、ぁ……っ」
「あ? なんだおまえ、ずいぶんと感度がいいな。最初の時は泣きじゃくるだけだったのに、今は女の動きができてるじゃねえか」
「や、だめ、――ひぁあっ」

 花芯をむかれ、押しつぶすようにこねられて、背中が弓なりになった。逃がさないように、アスカの腕がぐっと腰をおさえ、さらにもう一方の指で花芯をこすり続ける。じゅう、と熱い液体が溢れ出て、太ももを伝うのを感じた。

「あ、あ、あ、や、だめぇ……っ!」
「――ちっ、匂いがキツくなりやがる」

 アスカは指をズボンから抜き、わたしの肩を床へ押し倒した。固く汚れた敷物の上に、髪が広がる。刺激が途切れ、膣が不満げに疼いた。自分への嫌悪感に、吐きそうになる。涙さえにじんで、唇をかんで耐えた。
 上にのしかかり、わたしの様子を見ていたアスカは、ふいにいった。

「――気が変わった」

 ふっと、身体が浮遊して、気づいた時にはアスカの肩にかつがれていた。すぐ目の前に、逆さになったアスカの背中がある。

「え、なに……っ、アスカ離して!」
「うるせえよ」

 ズボンの上から、アスカが的確に花芯をくにゅりと押しつぶした。突然の刺激に、わたしは喉を引きつらせる。

「優しくはしてやる。だがこの体をひと月に1度しか抱けないなんざありえねえ。しかも他の野郎どもと共有するなんてことはもっとありえねえ」
「な――にそれ、ぁ……んっ、ふ――」

 くにゅくにゅと芽を揉みこみながら、アスカは牢を出た。それは幻術を阻む結界から解放されたということだ。アスカが意味の伝わらない言葉の羅列を唱えると、幕の向こう側でドサリと大きなものが倒れる音がした。
 見張りの人だ。わたしは蒼白になる。

「どうして――やめて、アスカ」
「殺しちゃいねえよ。眠らせただけだ」
「いや、降ろして! 約束が違う!」
「約束は、乱暴にしないってことだけだろ」

 幕を開ける。集落の最奥に位置するここは、篝火が届きにくく、うす暗い。見張りがうつぶせに倒れている。地面に落ちているたいまつを取り、アスカはいった。

「いつ見てもイラつくぜ、この陰鬱な集落(クラン)は」

 見張りを足で転がし、刀と弓矢、革袋を奪う。
 わたしは震えた。
 アスカはここを出る気だ。――わたしを連れて。