56

 蒼月の夜がやってきた。
 薄く刷(は)いた雲の奥に、青白い満月が浮かんでいる。

 わたしは卓の前に両膝を抱えて座りこみ、ストーブの炎を見ていた。
 卓の上には薬瓶が置かれている。

 アスカに凌辱されてから、7日。
 まだ傷は癒えていない。
 この傷を誰にも見られたくなくて、いつも側使えの人たちが帰ってから、自分で薬を塗っていた。
 シンが来る前に夜の分を塗っておいたから、肌からほのかに薬草の匂いがする。

 本当はもっと休みたかった。
 無理やりこじ開けられ、幾度も突かれた膣内もまだ癒えていないだろう。今夜は痛むかもしれない。
 1度目に傷つけられたあと、スオウに抱かれた時は、少し異常な精神状態だったため、あまり痛みを感じなかった。
 でも今は、冴えるほどに冷静だ。

 隔世の感、とでもいえばいいのか。
 7日前の夜から、世界がとても遠い。

「入るぞ、楓子」

 低音が薄い闇を震わせた。ゆるりと視線を幕へ向けると、シンが長身をかがめながら中へ入ってくる。彼は今日、朝からずっと緊張していて、わたしに触れる回数も激減していた。きっと今朝、蒼月の儀のことを聞いたのだろう。

 だからもう、シンは知っている。
 わたしがスオウたちに順繰りに抱かれていることも、自分からアスカに犯されにいったということも、すべて。

「薬を塗っていたのか」

 卓の薬瓶に目をとめて、シンがいった。

「うん。ごめんね、ちょっと薬くさいかもしれない」
「いや、薬の匂いは全然しない。むしろ」

 シンはそこで言葉を切った。苦しげに、わたしから目を逸らす。その双眸に情欲の炎が見えて、わたしは体を強張らせた。

( ゲル中、おまえの淫乱な匂いに満ちてる ――)

 アスカの声が脳内をかき回す。
 喉もとまでかたまりがせり上がってきて、無理やりそれを飲み下した。

「ねえ。わたしを抱きに来たんでしょう」

 わたしはシンを見ずに、いった。シンは幕の前で佇んだまま、動く気配がない。張りつめる緊張感だけが伝わってくる。
 やがてシンが苦しげにいった。

「オレは、おまえが嫌がるようなことはしない」

 シンは動かない。
 だから、わたしが立ちあがった。まっすぐに彼を見る。シン喉が上下した。透きとおる青い双眼が、ゆれている。
 それほどまでに、抗いがたいものなのだろうか――巫女の匂いというものは。

 わたしは腰ひもを手にとり、するりとほどいた。肩から上衣をずらし、床に落とす。下着を頭から引きぬくと、白い双丘がわずかにゆれて、露わになった。シンは釘づけになったように、動かない。わたしはズボンに手をかけ、引き下ろした。足を抜くと、身体を隠すものがなにもなくなり、素肌が空気に触れた。

 わたしは自分の体を見おろす。赤かったり、青かったりする傷が散り、足も腕も痩せこけて酷く細い。けれど、豊かな乳房と丸みを帯びた腰つきだけは、男を誘うように女の色を放っている。
 おぞましく、あさましい。
 これがわたしだ。

「見て」

 わたしはゆっくりとシンに近づいた。シンの息が上がり、何かを耐えるように唇を噛みしめている。

「傷がいっぱいあるでしょう。でも、気にしないで。好きなように抱いて。あなたはわたしのこと、ずっとこうしたかったんだよね」
「――楓子」

 苦しげに、シンが呼ぶ。わたしは手を伸ばし、上の方にある鋼色の髪に触れた。浅黒いこめかみ、ひきしまった頬、そして薄い唇へ。

「あの時、助けに来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
「やめろ、楓子」

 彼の肌に触れた指を、シンがつかんだ。心ごとつかまれた気がして、わたしは目を見開いた。

「あの夜のことはもう思い出すな」

 きつく眉を寄せて、シンがわたしの指に口づける。

「オレの奥に、あの男の影を見るな」

 息が止まった。
 シンの言葉は、心臓を刺した。

「オレの名はシンだ。まだおまえは、ここでオレの名を呼んでいない」
「……そんなこと、ない」

 シンはもう片方の腕でわたしのあごをつかんだ。目をそらそうとしてもできない。

「呼べ」
「……嫌」
「呼ぶんだ」

 シンの青い目がまっすぐに射抜いてくる。
 嫌だ、呼べない。
 呼んだら、捕まる。
 激しい炎に捕えられる。

 もうこれ以上、心を動かしたくない。もう疲れた。

「楓子。おまえが好きだ」

 シンの指が、わたしの指にからむ。大きくて、武骨な手に包まれる。呼吸が乱れた。膝が震える。それに気づいたのか、あごをつかんでいた手が、わたしの腰に回された。
 素肌にシンの上衣がこすれて、身体が強張る。

「初めて会った時から、オレを魂ごとつかんで離さない。夜闇に震えるおまえの姿と、あの男を見た時、全身が震えて視界が真っ赤に染まった」
「……っあ」

 シンがわたしの耳たぶを甘く噛んだ。ゆっくりと、舌が這う。
 ただそれだけの刺激なのに、下肢が震えて立っていられない。シンの上衣を縋りつくようにつかんだ。するとシンがそこから顔を離し、わたしを覗きこんだ。

「すまない、痛かったか?」
「え? ……あ、これは、痛いっていうか……」
「女の体というものはこんなにも柔らかいものなんだな。少し力をこめただけで、壊してしまいそうだ」

 シンの言葉に違和感を覚える。今回初めて女性を抱きしめたような言い方だけど、まさか、こんなにも手慣れた様子で密着しておいて未経験だなんて嘘だと思う。きっと気のせいだ。
 ちょっとだけ自分をとり戻して、わたしはシンを見返した。

「そんなことないよ、大丈夫」
「おまえが泣くようなことはしたくない」
「泣かないよ。好きなように抱いてっていったでしょ」
「好きなようにか。やり方がよくわからなかったのだが、今朝からスオウが教えてくれた」
「…………」

 シンの不穏な発言は、深く考えないことにした。
 そうこうしているうちに、手にからんでいたシンのそれが離れ、わたしの片頬を包んだ。

「――んっ、」

 シンの唇が押しあてられる。引き締まった体とは対照的に、やわらかくて弾力のある唇だった。浅く、ゆっくりと唇を味わわれる。息の継ぎ目に、彼が囁いた。

「とても、やわらかい。溶けてしまいそうだ。本当に、オレを受けとめきれるのか心配になってくる」
「……大丈夫だよ」
「本当にいいのか。おまえは嫌ではないのか? 途中で止める自信はない」
「うん、……それも、大丈夫。――きゃっ」

 唐突に横抱きにされて、慌てて彼の首にしがみついた。長身だから、地面までが遠い。

「忘れるところだった。寝台に行かなければ、おまえが痛い思いをすると聞いた」
「……そ、そう……」

 寝台に連れてってくれるのはありがたいことだけど、スオウから他に何を吹きこまれているかと思うとちょっと怖い。
 でもこうしてきゅっと横抱きにされると、裸の胸が真ん中に寄せられて、鎖骨の下でこんもりと盛り上がっている。むき出しになったふとももも目の前に見えて、羞恥に顔を赤くした。

 しかも、シンは寝台の前で立ち止まり、わたしを下ろすことなくじっと見ている。

「な、なに?」
「いや――とても綺麗だと思って、見ている」

 シンの目はわたしのまぶたから唇を辿り鎖骨を抜け、深く谷間を作る双丘に辿りついて止まった。赤く色づく頂きがちょこんと乗っている。彼の双眼が潤みを帯びる。わたしはあまりに恥ずかしくて、シンの目を手のひらで隠した。

「だ、だめ。見ちゃダメ」
「なぜだ。こんなにも白くてやわらかそうなものを初めて見た」
「傷だらけで汚いよ。いいから早く降ろして」

 シンは素直に従ってくれた。背の低い寝台にそっと降ろされ、わたしは慌ててシーツを手繰り寄せる。けれどそれが太ももの半分まで隠したとき、シンの手がわたしの手首をつかんで止めた。

「なぜ隠す。隠さないでくれ」
「だ、だって、恥ずかしいよ」

 自分から脱いだくせに勝手な言い分だと思う。でも、あの時はまさかシンがこういうタイプだったなんて思わなかったから。

( オレの奥に、あの男の影を見るな )

 シンの言葉を思い出して、わたしは痛みを思い出した。わたしはシンの――、いや、男の裏にアスカを見ているのだろうか。アスカの存在は強烈に脳を焼き、恐ろしいほど奥深くに刻まれているのを、まざまざと思い知らされる。

「おまえは時おり、そういう顔をする」

 ギシ、と寝台がたわんで、シンがわたしの目の前に来た。両膝をつき、身を乗り出して、座りこむわたしの腰を挟むように、シーツにてのひらをつく。

「そういう時は、深く、あの夜に沈んでいる時だ」

 シンの唇が近づき、まぶたに触れる。それから耳へ、頬へ、唇へ、淡いキスが降る。

「あの男に支配されることは、もう許さない。楓子、オレがいる。おまえを他の男に絶対に渡さない」
「――ぁっ、や……!」

 シンがわたしの首裏をつかみ、首すじに口づけた。アスカによって傷つけられたそこを、丹念に唇でなぞり、舌を這わせていく。
 息があがり、座っていられなくなる。壁にもたせた背中がずるずると落ちていく。後頭部が枕に沈んでも、シンの愛撫は終わらない。
 彼の手が腰をたどり、脇を這い、胸に辿りつく。丸みを帯びたふくらみは、特に酷く傷つけられ、凌辱の痕跡が散っていた。

「いや、やだ――、見ないで、……ひぁっ」

 大きな手が胸を包み、味わうようにもんだ。彼の指の間で、徐々に赤い果実が立ちあがってくる。

「本音をいえば、この傷を見るたびに、怒りで気が狂いそうになる」

 鎖骨には、噛まれたあとが残っている。そこ熱い舌を這わせ、シンはいう。涙が浮かび、目じりから零れた。

「ごめん……なさい。ごめんなさい、見ないで、――ぁっ」
「なぜ謝る」

 固い胸の蕾を、シンの指が円を描くようにこねた。下半身が疼き、襞がうねり、蜜が零れるのを感じる。
 暴力に踏みにじられた夜も、わたしの体はこのような反応をかえしたのだ。

「楓子はとても愛らしく、やわらかく、甘い。なにも悪いところなんてない」
「ちが――、んっ、あ、やぁ……っ」

 もう一方の蕾を、シンが口に含んだ。ゆっくりと、ぶ厚い舌が下から上へ撫で包む。片方は指でこねられている。腰がびくびくと震えた。下肢の疼きが強くなり、弓なりにそらすと、布ごしにシンの熱く固いものがあたって、慌てて離れる。
 けれど、腰の下に腕を差し入れられ、ぐっと彼の下腹部に押しつけられた。

「あっ、だめ……っ」

 シンは腕を離し上半身を起こして、上衣と下着を脱ぎ捨てた。たくましい胸筋があらわになって、思わず目をそらす。けれどてのひらで上向かされて、激しく口づけされた。

「ん、ふ、――んん……っ」

 幾度も離れては貪ることをくり返しながら、シンはもう片方の手を使ってズボンを脱ぎさった。さっきは布越しだったけど、今は違う。むき出しの怒張した肉棒がふとももにこすれて、わたしは体を強張らせた。
 舌が舌をからめとる。甘く噛まれ、吸われ、口の端から唾液が伝う。再びシンの腕が腰の下に回された。もう片方の手はわたしの額を包んで、枕に押しつけている。体の自由をすべて奪われ、固く太い灼棒を内ももにこすりつけられ、口腔内の粘膜を貪られる。たくましい腕と、ぶ厚い胸板は、けしてわたしを逃さないようきつく抱きしめてくる。

 彼の体の下で、あえぐことしかできない。
 でも、苦しくない。嫌悪感もない。
 シンに翻弄されることが、悦びになって体に返る。

「楓子」

 キスの合間に、狂おしくシンが呼ぶ。
 そのたびに下肢が疼き、潤みを帯びる。

 青い目の奥にゆらぐのは、情欲。
 支配欲と、庇護欲、そして圧倒的な熱量。

 これが、男が女を愛するということなのだろうか。

 シンの唇が下へ降り、舌が乳首をゆっくりと舐め、吸い上げる。わたしは体をしならせ泣き声を上げた。シンの手はさらにくだり、先ほどからとめどなく蜜をあふれさせている場所へと辿りつく。

「あ、だめ、待っ……、つ、ぅ……!」

 花芯を指先で剥かれて、わたしは眉をきつく寄せた。ビリビリと、痛みが背筋を上る。シンが胸から顔を上げ、流れる涙を舌で掬いとった。

「すまない。加減がわからない」
「あ、ち、ちがうの。そこは、アスカに少し噛まれて……、薬も塗れない場所だから、治りが遅いの」

 本当は噛まれたどころじゃない。
 じんじんと痺れて苦痛に腫れあがるまで、あらゆる手法で嬲られた。
 シンの表情がみるみるうち険しくなる。激怒の表出をピリピリと感じて、身がすくんだ。

「あの、ごめんなさい、大丈夫、そんなに痛くないから。大げさにしちゃってごめんなさい」
「おまえはさっきからどうして何度も謝るんだ」

 怒りに燃える目に貫かれて、わたしは怖くて動けなくなった。