シンは狩りから帰ってきたあと、わたしにあまり寄り付かなかった。いやそれどころか、ちょっと避けていた。
視線は感じるのに、振り向くと水を運んでいたり、薪を割っていたりしている。
見られてはいるものの、実際に避けられているという事実に、わたしは自分でも驚くほど沈んだ。
やっぱり、男の人は、わたしみたいな女は嫌なんだと思う。シンみたいな独占欲の強そうなタイプだと余計にそうだろう。
わたしだって、蒼月の儀は好きじゃない。できればしたくない。でもトウリのことを思い出すと、そうもいかなかった。ユーマやリオウに、生理的な嫌悪感がないということも、完全に拒絶できない理由かもしれない。
「どうした、うかない顔して」
狼をなでつつぼーっとしていると、スオウがやってきた。とたんに、罪悪感がこみあげてくる。
シンが来てからというもの、夜寝る時は彼がわたしのゲルを陣取っているので、それまで寄り添ってくれていたスオウは自分のゲルへ戻ることになった。
あんな卑怯なやり方で――スオウの優しさと、責任感につけこむ形で無理やりそばに引きこんだ過去を思い出すと、自分の浅はかさに心がズンと重くなる。
「え、えっと、あの。今日は蒼月だなって思って」
言ってから、またしても罪悪感がのしかかった。『闘士』であるスオウに、蒼月の夜は憂鬱だと訴えたってイヤな気分になるに決まっている。スオウは11歳も年上の、大人の男だ。わたしのような子どもを抱く仕事などできればしたくないだろう。そのせいで、妻を娶れない可能性も大いにあるのだ。
「ちがうの。ごめんなさい。ちょっと朝から疲れてるだけ」
慌てて弁解すると、スオウは苦笑した。見抜かれているかもしれない。
「リオウにはさっさと終わらせてとっとと帰ってこいと言っておいてやるよ。シンは酒盛りでもして酔い潰しておくから、そっちに襲撃に行くことはない。安心しとけ」
「あ、うん」
わたしは何となく居心地が悪くて、下を向いた。その頭を、大きなてのひらがぽんぽんと叩いた。
「オレたち一族は揃いも揃って、おまえ一人におんぶに抱っこだ。だからおまえは何も考えず、オレたちをコキ使えよ」
思わず顔をあげた。その時にはもう、スオウは誰かに呼ばれてそちらに足を向けていた。
スオウも、ユーマも、リオウはちょっと油断ならないけど、みんな優しい。
でも、シンとは違う。
それが巫女という重みを複雑にしていた。
*
結局、あのあとシンと一度も話せないまま、夜がきた。いつものように、床に座りこんで卓に頬杖をつきながらストーブの火を見ていると、リオウがやってきた。
「ヤバイ、ほんっとーに殺されるかと思った」
ずかずかと入ってきて、隣に遠慮なく腰をおろす。昼間のことがあるから、わたしは警戒心に満ちた目でリオウを見た。
「あれ、なにその顔。もしかして怒ってる?」
「うん」
「やだなー、シンの刀をかいくぐってやってきた『闘士』に対して冷たくない?」
「だってリオウ、何を考えてるのかわからないんだもの」
リオウはいつものように笑った。
「楓はわかりやすいよね。何考えてるか当ててあげよっか」
「いい。ろくでもないこと言いそうだから」
「ほんっと可愛いなぁ楓は」
憎まれ口を叩きながら、わたしの髪をひとふさ手に取り、口づけた。直接肌に触れられたわけじゃないのに、鼓動が高まる。
「傷はもう治った?」
「うん、まだあと少し」
「見せて」
「ストーブの前は明るすぎるから」
身を引くと、リオウは苦笑した。
「あのさぁ楓。もうちょっとわかりやすく嫌がってよ。そういうの勘違いするよ男は。オレはまだ理解あるからいいけど、ユーマにはもっと冷たい態度とってあげなよ。可哀想だからさ」
リオウの言いたいことが半分もわからなくて、戸惑った。彼は苦笑したまま、わたしの手をとり立ちあがる。寝台に連れていかれて、腰かけるよう促された。リオウは寝台にのぼらず、床に両膝をついて、正面からわたしの目を見つめる。
綺麗な、明るい青の瞳だ。
「でも、ユーマより楓の方が可哀想だね。ろくに初恋も経験しないまま、体だけ先に男を知って、きっと心がついてこないよね。恋愛感情と、友情と、欲情がどういう関係にあるのかわからないでしょ」
「リオウは勘違いしてる。わたしはそんなに初心(うぶ)じゃないよ。そうじゃなかったら、スオウにあんな」
言葉につまる。リオウは苦笑した。
「ああ、あの時のことね。オレもユーマもちゃんとわかってるよ。逆にオレは安心したよ。楓にはちゃんと、賢い生存本能が備わってるって思った」
「本能?」
「こんな華奢な体が、あんな酷い暴力に曝されたんだ。強い男に庇護を求めるのは当然だよ。そうじゃなくて、オレが言いたいのは、楓はきっとオレやユーマに抱かれることがそんなに嫌じゃないんじゃないかってこと。正直に言っていいよ」
「うん。そんなに、嫌じゃない。ちょっと怖いけど。でもみんな優しいから。ただシンのことが気にかかるの。嫌われるんじゃないかって」
「そっか」
リオウは微笑んで、寝台に置いたわたしの両手に自分のそれを重ねた。
「ねえ、楓。オレ、ちゃんと優しい?」
「今は優しい、気がする」
「よかった。でもそれ、シンにいわないで。めちゃくちゃ酷くされたっていって」
「どうして? ――っん」
リオウが口づける。甘く優しく、口腔内をなめとるようなキスだった。そっと唇を離し、目を伏せて、リオウが低くざらついた声でいった。
「こんな思いをするくらいなら、シンに殺された方がマシだ」
「え? っあ、りおう……っ」
リオウが片腕で腰を抱きこみ、肩に流れる髪をかき上げて首すじに唇を落とした。そこから耳の裏までを舐め上げられて、肩が震える。リオウはわたしを寝台に押し倒し、服を脱がしながらゆっくりと舌を這わせた。肩から鎖骨、胸もとからふくらみの色づく実まで。
わたしはリオウの下でびくびくと震え、声を上げ続けた。
やがて蜜があふれる秘裂に、リオウの指が入ってくる。巧みに蠢く3本の指が、快感を波のように次々と生み出してゆく。若木のようにすんなりとしたリオウの腕が、震える腰をからめとり、もう片方の指先がわたしの唇をなぞった。
「ぁ、ん……」
リオウが至近距離で見おろしている。かすむ視界で、青い目を見た。いつもくるくるとよく動いているリオウの目が、今は表情なく冷えきっている。
心配になって、リオウの頬を両手で包んだ。
「どうしたの、リオウ?」
「どうもしないよ」
「でも、いつものリオウとちょっとちがう。――っあ、や」
突然リオウの指先が、中の敏感なところをきつめに引っ掻いた。衝撃が走り抜け、喉がのけぞる。何度もそこをこすられて、わたしは泣き声をあげた。
「や、あ、やだ、リオウっ」
リオウは無言で、首すじに唇を落とす。味わうようにねっとりとなめられて、さらに腰が浮いた。
「待っ……リオウ、もう、そこ、やだ……っ」
懇願してもリオウは攻め手をゆるめてくれない。執拗にそこをぐちゃぐちゃと嬲り、さらに濃密な口づけをほどこした。
「ん、ふっ、――んんんっ!」
口中を貪られながら、わたしは果てた。体中の力が抜け、余韻にぴくぴくと体が震える。最後に軽く、奥をひっかいて、リオウの指が引きぬかれた。
「は――、ぁ、ひっ……!」
間をおかず、リオウのものが侵入した。とろとろに熱く溶けている蜜壺は、リオウの肉棒をからめとりながら奥へと誘う。途中までゆっくりと挿入したリオウは、突然奥までがんと突き上げてきた。
「ああっ! や、いや、こわい……っ」
「ごめん」
あふれる涙を優しく舌ですくいとって、リオウは囁く。
「ごめん、楓」
「っあ」
優しいキスとは裏腹に、最奥まで突き上げる力は強く、わたしは混乱した。
逃げたくて引いた腰を、リオウの腕がぐっと押さえた。さらに深いところで激しく抽送が繰りかえされ、強すぎる快感に慄きリオウにしがみつく。
ぐちゅぐちゅと淫らな水音が夜闇に響く。
「あ、あ、や、りおう、やだぁっ」
「っく」
リオウが顔をゆがめる。てのひらが乳房を押し潰し、先端をこねまわした。同時に、子宮の底をえぐる衝撃が打ちこまれ、わたしは叫び声を上げながら果てた。