スオウの怒りは凄まじいものだった。
一族の中で最も強靭とされる力で、何度もアスカを殴りつけた。アスカは幻術を操るための、少しの集中も許されなかったようだ。素手でスオウに敵うはずもなく、一方的に制裁を受け続けた。
「――投獄する」
転がるアスカを見おろし、スオウが低く言い放つ。
「沙汰が降りるまで、鉄獄の中に入ってろ」
鉄獄とは、獣化人(じゅうかびと)を一時的に閉じこめておく檻だ。鉄は幻術を阻む。集落の一番奥の、ゲルの中に隠されている。
アスカが燃え滾る両眼で、スオウを睨み上げている。そのアゴを蹴り上げて、もんどりうって倒れるアスカの両腕を引っ掴み、縄で縛りあげた。蹴りたてるようにゲルの外へ出て、やがてスオウだけがまた中に戻ってきた。
わたしはその間、指一本すら動かすことができず、裸身のまま敷物の上に転がっていた。
「楓子」
スオウがあたしの横に片膝をつき、頬をぬぐう。上衣を脱ぎ、それで体を包んで、そっと抱き上げた。スオウの上衣が肌をこすり、身震いする。
「すまない。――オレの責任だ」
スオウの声は、激しい悔恨に満ちていた。
壊れ物を扱うようにそっと、寝台に降ろされる。シーツをかけられ、スオウの武骨な手が、髪を撫でた。
「手当をさせよう。側使えの女たちを呼んでくる」
「……なぎ」
ぽつりと、言葉が零れた。
スオウの動きが止まった。
「那岐はどこ? 那岐はどこにいってしまったの」
「楓子。那岐は――」
「那岐」
かすむ視界にまた、涙があふれた。
まぶたが赤く腫れて、痛い。
無性に、那岐に会いたかった。
一緒に連れていってほしかった。
この場所から。
この一族から。
わたしは人間じゃない。
巫女という名の、奴隷だった。
*
それからわたしは3日間寝込んだ。
その間に、スオウやリオウ、ユーマが様子を見に来てくれたけれど、まともに相手をできなかった。彼らがどういう表情をして、何を語ったか、あまり覚えていない。
その後寝起きできるようになったが、気分は鬱々と沈みこみ、なんでもないことで涙を流した。たとえば、風の音が聞こえたとか、水が冷たすぎたとか、そういった些細なことで。
次の蒼月の夜はスオウが訪れた。わたしの体を気遣って、慎重に抱いた。彼は甘く巧みで、鍛えられた外見とは裏腹に優しかった。
スオウの指と舌で一度達したあと、さらに彼の肉棒を呑みこんで、わたしの体は再び高みへ昇りつめた。
「あ、ああっ。――ん、」
「――くっ」
低くうめき、スオウはわたしの膣に精を放つ。わたしの意志とは関係なく、襞がきゅうと収縮し、もっと、とでもいうように、彼の肉棒を扱いた。それに反応し、またスオウのものが熱く、大きくなる。
――男の体には慣れきってンだろ。
アスカの声が耳朶をうつ。
恐怖で全身がビクリ強張った。
「――ちッ」
スオウが小さく舌打ちして、固いままの杭を無理やり引きぬいた。膣が物欲しげにヒクヒクとうごめく。わたしはどうなってしまったんだろうか。意志と胎内がまったく別の生き物のようだ。うねり、蠢く何かに体が?みこまれそうで、怖い。
「楓子、大丈夫か」
スオウが見おろした。どうやったのかしらないが、彼の剛直は収まったようだ。わたしはかすれる声で、こたえる。
「大丈夫……今は」
「傷は――まだ、あるな。薬はつけてるか?」
「夜の分は、まだ」
「塗ってやる」
スオウは立ち上がりズボンをはいた。小さい卓から小瓶を持ってきて寝台に腰かける。裸身で横たわるわたしの腕を取り、乳白色の軟膏を塗りこんでいく。
傷跡はあちこちにあった。そのほとんどが、噛み傷と切り傷だ。アスカが歯と爪を、素肌に幾度も突き立てた。
「酷いな」
眉をきつく寄せて、スオウがいう。腕を塗り終え、鎖骨から胸にかけて、双丘を避けるようにして、大きなてのひらがなぞってゆく。情事の余韻が残る素肌に男の手が這い、心地よい刺激になる。
「痛かっただろう」
腹部、腰。燭台の炎が、赤く傷ついた肌を照らす。太ももをたどり、それからスオウは腰を抱いて、うつぶせにさせた。
背中は自分では見えないけれど、世話をしてくれている人たちが言うには、傷がたくさんあるらしい。
「信じられないな。こんな柔い肌を傷つけることのできる男がいるなど」
背中をなでるスオウの手が、熱を帯びる。ジリジリと、焦げるような怒りが伝わる。
彼は、アスカを『闘士』にすることに、最後まで反対していたという。けれど、それを無理やり押し通したのが長老たちだった。だからこうなったのはスオウのせいだなんて思ってない。でも彼は、誰よりも責任を感じているようだった。
「よし、できた。悪いが残りは自分で塗ってくれ」
背中とふくらはぎを塗り終えて、スオウは苦笑をにじませながらいう。胸とお尻と、内ももがまだ手つかずだ。
「まだ夜は長い。オレが隣にいると安心して眠れないだろう。もう出ていくから、ゆっくり休め」
わたしの髪をかき上げながら、スオウは言う。
その手が離れた時、わたしは彼のそれをつかんでいた。
「まって」
ぎゅ、と力をこめる。スオウは驚いたように目を開いた。
上衣を脱いだままのスオウの胸板は厚く、鍛え上げられている。部族一強い男。わたしは彼の青い目を見た。自分が何をしているのか、わからなかった。アスカに蹂躙された夜以来、わたしの中で何かが変わり、蠢いている。その何かが、わたしの体を勝手に動かしている。
わたしはスオウの手をにぎったまま上体を起こした。夜気にさらされて白い、自分の双丘に、彼のてのひらをゆっくりと持っていく。
「っ、楓子」
苦しげに、スオウが眉を寄せた。スオウの広いてのひらでふくらみを押し潰し、もう片方の腕で、彼の首を抱きしめた。
「いかないで――スオウ」
スオウの体が強張る。彼の耳朶に唇を触れさせて、囁いた。
「もう一度、抱いて」
そしてわたしを愛して。
あの男から、守って。
*
わたしの体を動かしているのは、もっとも単純で、根源的なもの。
――恐怖だった。
「あ、ああっ! ん、スオウ……っ」
濃密な空間が、再び熱を帯びた。
わたしはスオウの膝の上で幾度も揺さぶられ、嬌声をあげる。彼の体にしがみつき、時に自分で腰を揺り動かした。
「ひぁ……っ!」
つながったまま、スオウの指が、花芯を剥いてすりつぶした。熱く激しい口づけが繰りかえされる。両腕でお尻をぐっとつかまれて浮きあがる。肉棒が引きぬかれるギリギリの高さから、ぐっと押し下げられ、さらに奥へ打ちつけられた。
「あ、ああっ! スオウ、っ、ん、もっと……ああっ」
「楓子」
呻くように言い、スオウは自身を引きぬいてわたしを押し倒した。そのままくるりと横向きにし、後ろから指を3本、突き入れる。膣の中をかきまわされ、じゅくじゅくと卑猥な音が響く。もう片方の腕は寝台とわたしの体の間に侵入し、赤く立ちあがった乳首をこねまわす。
スオウの剛直はわたしの内ももに挟まり、ドクドクと脈打っていた。
「やぁ……っ! あ、あ、んっ」
「――それで、オレを陥落させてどうする気なんだ、楓子」
かすれた声で低く、スオウが囁く。
わたしの中がきゅうっと締まり、スオウの指をくわえこむ。
「あ、ああ、スオウ――キスして、スオウ……っ」
熱く濡れた唇が、覆いかぶさるようにして押しあてられる。スオウに求められるがままに舌を差しだし、ねっとりとからませる。その間にも、中に侵入した指たちは、それぞれ意志を持つかのように蠢いている。
「おまえの肌はやわらかい。それにこの匂い――」
スオウは首すじに顔をうずめ、キスをした。
そして息をつめるように、沈黙したあと、指を引きぬいた。
「あ……っ」
「――これでおしまいだ。これ以上は駄目だ。こんなことをしなくても楓子、オレはおまえをちゃんと守ってやる。族長として、必ず――」
低く、スオウはいう。青い目が耐えるように熱を帯び、わたしを見つめている。
――族長としてだけじゃ、だめ。
それだけじゃ足りない。
「埋めて」
わたしの恐怖を。
気が狂いそうなほどの、蒼い夜を。
「スオウを、わたしに、ちょうだい」
寝台に横たわったまま、手を伸ばす。指先が震える。あの恐ろしい男よりも、強い男。スオウの表情が、苦しげに歪んだ。
「――くそ」
何かに抗うように呻いたのち、彼は荒々しく、わたしを抱きよせた。
「馬鹿だ、おまえは」
そして、すべてを奪いつくすように、口づけした。