「鋼の、王――」
言葉が、口をついて出た。
シンが瞠目(どうもく)する。
あたしは磨かれた鋼のような色の髪に、手を伸ばす。
「さっき、リオウっていう子も言ってた。鋼の王って、何?」
「それは――」
シンが言葉につまった。
隠そうとしているのではなく、何から話していいのかわからない、という表情だった。
「オレのことを、そのように呼ぶ民がいる。遥か東方から戦火を逃れ、移り来たという部族だ」
「それは、ユーマやリオウたちのこと?」
「ああ、そうだ。5年前、彼らに会った。そして楓子、おまえもその中にいた」
「あたしも……?」
ということは、あたしはもともとこの世界の人間だったということだろうか。
「彼らはオレを見て、『鋼の王だ』といった。オレはそのような名はどうでもよかった。楓子のそばにいられるなら、なんでもよかった。おまえは一瞬で、オレを、魂ごと根こそぎ持っていった」
あたしは頬が熱くなった。シンは惜しげもなく、感情をさらけだしてくる。
「じ、じゃあ、蒼月(そうげつ)の巫女というのは?」
「それは……おまえのことだ」
シンの声が低くなる。切なさが、青の目ににじんでいる。
「だが、それについてはオレの方から説明できない。本当なら……ずっと、知らぬままでいてほしい。けれど、ユーマたちに見つかった以上やはり旅を続けて、『彼』に会いに行こうと思う」
「彼……?」
大事なことを聞かされている。それがわかっているのに、唐突にあたしは、睡魔に襲われた。抗いがたいほどの強さだった。きちんと目を開いて、シンの話をきかなくてはならないのに、まぶたが落ちてくる。
「眠いのか、楓子」
「うん。……でも、平気。話を聞かせて」
「ムリをするな」
シンはあたしの頭のてっぺんにキスを落とした。
「もう深夜だ。寝た方がいい」
シンの低い声で囁かれると、心地よくなって、さらに眠気が増した。あたしは両腕を伸ばして、シンの首をゆるく抱きしめた。
朦朧とした意識の中で、彼の耳に囁く。
「おやすみ、シン。……ありがとう」
シンの動きが一瞬、とまった。それからシンは、愛しむようにじっくりと口づけをして、あたしを安堵に満ちた甘い夢へ導いた。
*
目にしみるほどの青空が広がっている。
宿を出たあたしたちは、もとの宿の厩からオウルを引き、街を出た。途中、お店で携行食と水を買い求めた。
「2番目の宿の店主さん、すごく寝ぼけてたね」
「ああ。恐らくユーマが幻術(げんじゅつ)をかけたのだろう」
「げんじゅつ……?」
「幻をかける術と書く。催眠術のようなものだ」
そうえば、ユーマは「眠らせた」という言葉を使っていた。それを使って、店主やシンを眠らせたのだろうか。
シンは舌打ちする。
「本来ならユーマごときに眠らされるなど、言語道断だ。色々重なったあととはいえ、一生の不覚をとった」
「でも悪いのはあたしだよ。あたしがシンに黙ってユーマについていかなければ、あんなことにならなかったのに。日本に帰れるだなんて嘘にあっさり引っかかって……」
あたしは唇をかむ。自分の軽率さが身にしみた。シンは首を振る。
「違う。おまえは悪くない。今の楓子にとって、ユーマの嘘に抗うことは難しかっただろう」
シンが鞍(くら)を確かめて、あたしに鐙(あぶみ)に足をかけるように促した。あたしはぎくっとする。実をいうと朝から全身が痛くてうまく体が動かせない。
「どうした、楓子」
「えっと、実は筋肉痛で……。でもがんばるから、大丈夫」
「筋肉痛……?」
シンは怪訝な顔をしている。鍛えぬかれた体躯(たいく)の彼からしてみれば、運動不足人間の筋肉痛なんて意味不明なんだろう。
あたしは痛みをこらえて鐙(あぶみ)に片足をかけ、シンの助けを借りてなんとかオウルの背に腰を落ち着けた。シンもそれに続きながら、ハッと何かを思いつき、苦々しく吐き捨てた。
「昨夜ユーマがよほど無理をさせたのだな……! くそ、服の状態からそれはないと思っていたが、あいつまさか楓子を最後まで……!!」
「あー、えーと、それはないから、大丈夫」
また物騒な単語が出てくる前に、あたしは誤解を解いておいく。
オウルは小さくいなないて、雪原を軽快に走り始めた。