10 一夜の記憶(2)

 キスの余韻で、体中が甘くしびれている。
 フィンは、シュゼットのひたいやこめかみ、まぶたや頬に口づけをくり返した。

「もっと俺の名を呼んで、シュゼット」

「あ……っん」

 ネグリジェ越しに、腰のあたりからなで上がってきたてのひらが、シュゼットの乳房を包み込んだ。薄いシルクをとおして、彼の熱の高まりが感じられる。
 やわらかく揉みほぐされて、シュゼットは淡く広がる官能に身をよじらせた。

「あ……、フィン……っ」

「シュゼット」

 震える体を優しく抱き込まれて、くちびるに甘いキスが落とされる。
 胸のふくらみを愛撫するてのひらは、ときおり、薄く色づく先端をすり上げて、シュゼットに甘い快感を与えていく。

「ん……、フィン、だめ……」

「かわいい」

 二本の指で、凝りかけていたそこをきゅっとつままれた。下腹までまっすぐに熱を引くような快感に、シュゼットはびくりと体を震わせる。

「あ、ァ……っ!」

「かわいい声だ」

「やぁ……、だめ、だめ……」

 片胸を愛でながら、フィンのくちびるがうなじをついばみながら降りていく。喉のあたりを熱い舌でなめられて、ぞくぞくした愉悦にシュゼットはまたせつなく啼いた。

「っん……ん……」

「感じやすいね」

 指の腹でくりくりと乳首をいじりながら、フィンが言う。いくぶんか低められた声だ。

「ここまで素直な反応を返せるのは、ほかの男にかわいがられた経験があるから?」

「あ……っ、ちが……」

「どうかな」

 フィンの顔がさらに下がっていって、シルクをふっくらと押し上げるもう片方の乳房にたどりつく。まだやわらかな先端に舌を伸ばして、ゆっくりと押しつぶすようになめ上げた。
 とたんに、とろけるような快感が指先まで広がって、シュゼットは目を見開く。

「ぁあ……っ! ア、ん、だめ、なめちゃ、だめ……!」

「これだけでかんたんに尖らせて。ああ、かわいらしい色だ」

 濡れた声でささやきながら、フィンは、シルクから透ける薄紅色を視線で愛でた。彼の唾液に濡れた布地はいやらしく貼りつき、つんと尖った先端を際立たせる。
 シュゼットは、恥ずかしさに顔を覆った。

「やぁ、見ないで――っああ!」

 ちゅっときつく吸い上げられた。弾けた快感に跳ねる腰を、フィンはたくましい片腕で抱き込んでいく。

「あ……! や、ぁ、ああァ……ッ!」

 ざらついた熱い舌で、根もとからじっくりと扱き上げられる。吸い上げられて、歯先をやわらかく埋めるように甘噛みをされたらもうだめだった。

(どうしよう、気持ちいい)

 流されてはいけないのに、いやらしい水音に脳内をかきまわされて、思考回路をつなげない。
 フィンの手は、口淫をほどこしている乳房とは別のふくらみを愛撫し続けていた。てのひら全体で揉みしだいて、指先でこりこりした先端をいじっている。

 巧みに官能を引きだしていくフィンに、シュゼットはなすすべがなかった。拒絶になりきらない啼き声を上げることが、シュゼットにできる精一杯のことだった。

「いや、ぁ……っ、フィン、フィン……!」

「そんな声で、男の名を呼んだらいけないよ」

 胸を愛でていた手が、ネグリジェのボタンをはずしていく。

「きみの声は甘すぎるんだ。聞いているだけで、とろけてしまいそうになる」

 ボタンをすべてはずし終えて、フィンはネグリジェをひらいた。下着をまとっていなかったため、ほんのりとピンク色に上気した柔肌のすべてが、彼の前にさらされる。

「可憐な肌だね」

 フィンは、劣情をはらんだ吐息をつきながら、薄い腹部から胸の谷間にかけててのひらでじっくりとなで上げた。

「っあ……!」

「きれいだよシュゼット。とてもきれいだ」

「やだ……見ちゃ、だめ……!」

 下肢までもさらされていることに気づいて、シュゼットはとっさに脚を閉じようとした。けれどいつのまにかフィンの体が両脚を割るようにしていて、閉じることができない。

「あ……」

「シュゼット」

 ふたたびフィンがおおいかぶさってきて、くちびるに甘くキスされる。やわらかく食みながら、フィンの大きなてのひらが、シュゼットの胸をじかに揉み始めた。
 じんとしびれるような快感が下腹へ広がっていく。体内に熱が折り重なって、シュゼットはびくびくと腰を震わせた。

「やわらかい肌をしているね。てのひらに吸いついてくるようだ」

「ぅん……っ、あ、ァ……っ」

 うっすらと汗ばんだ白い肢体をなやましくもだえさせると、フィンは、喉の奥で笑った。

「いやらしいな」

 笑みをふくんだ声に、シュゼットは瞳を潤ませる。

「そ、んなこと、言わないで……」

「俺をもっとあおってごらん、シュゼット」

 熱い淫情を秘めながら、フィンはささやく。
 唐突に、下肢の奥をくちりとまさぐられた。

「ッ、――」

 シュゼットはびくんと喉を震わせる。のけぞった白い喉に舌を這わせながら、フィンは、ぴったりと閉じた花びらを、何本かの指の腹でゆるゆると愛でてきた。

 片方の乳首をいじられながらの淫技に、シュゼットの体内でみだらな熱がふくれ上がっていく。甘ったるい快楽にお腹の奥がじんじんとうずいて、たまらなくなった。

「あ、ァ……! だめ、フィン、だめ……!」

「だめ?」

「ぅん……、ん……ッ! だめぇ……っ」

 かかとでシーツを蹴って逃げようとしても、上からのしかかられてうまくいかない。下肢をまさぐる指が、やがてにじみ出てきた蜜によって、すべりよく往復をくり返す。

「気持ちいいだろう、シュゼット?」

 くちゅ、ぬちゅ、と、彼の指がうごめくたびにみだらな水音がこぼれ始める。

「ひ、ぁ、あ……!」

「すべすべして、あたたかくて、俺もふれていて気持ちがいいよ」

「いや、ぁ……っ、フィン……!」

「このいやらしいところを、きみを振ったという男からも存分にかわいがられたのか?」

「され、てな……ッ、ぁあっ!」

 蜜口の周囲をなでられて、ぞくぞくとした快感に襲われた。もう少しで、指が入ってしまう。

「だめ、入れないで……っ」

「されたことがないのに、こういうことへの知識はあるみたいだね」

 喉の奥で笑いながら、フィンは、なかに入れることはせず、上のほうへ指をすべらせた。

「なら、ここは知ってる?」

 ふくらみ始めていた粒を、指の腹でぬるりとなで上げられる。

「ひ……っ」

 強烈な快感にうたれて、シュゼットはびくりと体を震わせた。

「いやぁっ、だめ、そこ、だめ……ッ」

「そう、ここが女の気持ちのいいところだよ。たくさんいじってあげようか」

「だめ、これ以上、気持ちよくなっちゃ……」

 戻れなくなる。
 シュゼットは、力の入らない指でフィンの上着をつかんだ。

「わたし……もう、恋愛は、したくない」

 フィンの動きがとまった。シュゼットの瞳から涙がこぼれて、音もなく頬をつたっていく。

「わたしね……フィン。もう、あんなふうに泣くのは、いやだ」

 上質な布地に指がすべってシーツに落ちる。それを、フィンの手がそっと取り上げた。

「俺はきみを、そんなふうに泣かさない」

 てのひらに口づけられて、そこからじわりとした熱が広がっていく。

「好きだよ、シュゼット」

 濃い恋情に染め上げられた青い瞳に見下ろされて、シュゼットは目をそらすことができなかった。

「きみが好きだ」

「嘘だよ、だって……」

「俺は、こんなことで嘘は言わない」

 シュゼットの手がシーツの上に戻されて、フィンが覆いかぶさってくる。くちびるが重ねられて、甘くすりあわされた。

「ん……っ」

「嘘は言わない。ずっとそばにいるよ」

「あ……フィン――」

「きみがそれを許してくれるなら」

 口づけながら、フィンは自身の上着を脱いでいく。甘いキスにシュゼットの思考がとろけていく。タイに指をかけながら、フィンはささやいた。

「きみに、もっとふれても?」

 頬を伝う涙を、くちびるで受けとめる。

「シュゼット。きみが本当にいやがるなら、これ以上はしない」

 フィンは、狂おしげな感情をきれいな瞳に秘めて告げる。

「まだ引き返せる。きみを、なにもなかったときに返すと約束するよ」

 けれど、頬にふれてくるフィンのてのひらはとても熱くて、彼の欲望が際限まで高まっていることをシュゼットは知らせた。

(このひとは優しいひとだから)

 本当はわかっていた。
 自分でもわかっていた、本心からフィンを拒絶できていなかったことを。

 いやだったら、力いっぱい暴れて叫べばよかったのだ。いくら酔っている状態だとしても、大声を上げることくらいはできただろう。彼は、いやがる女性をむりやり組み敷くようなひとではないのだから。

 最初のキスを受け入れて……彼に腕を伸ばして抱きよせたのは、シュゼットのほうだった。

「シュゼット……」

 こたえを返さないシュゼットに焦れたように、フィンは頬に口づけてくる。彼の熱いくちびるに、シュゼットは肌を震わせた。

「フィン――」

 考えるより先に、体が動いていた。
 いや、動いたのは心のほうだっただろうか。
 彼の頬にてのひらをそえて、自分のほうへ向けて、シュゼットはくちびるに口づけた。
 びくんとフィンの体が震える。至近距離で、青い瞳と目があった。